逃げて、恋して、捕まえた
「ほら、カフェオレだ」
ゆっくりと起き上がった私に大きめのマグカップが差し出された。

「ありがとうございます」
受け取ろうと手を出すと、スッとよけられる。

ん?

「敬語はやめろ。会社みたいで落ち着かない」
「はあ」

じゃあ、
「ありがとう」
もう一度手を伸ばすと、カップを渡された。

うぅん、美味しい。
甘くて暖かくて、優しい味が体に染み渡る。

「ゆっくり飲めよ」
「うん」

いつも会社で見るときとは別人のような優しい顔の奏多。
シンガポールで会った時と同じだ。

フフフ。
つい懐かしくて笑ってしまった。

「何だよ」
「別に」
「訳もなく笑われたら気持悪いだろうが」
「ごめん。でも、本当に何でもないの。奏多の笑顔を見るのシンガポール以来だなって思って」
「そうか?」
「うん。会社ではいつも厳しい顔しているもの」
「仕事だからな。ヘラヘラはしていられない」

そうだよね、この若さで副社長だものね。
それだけのものを背をっているってことだね。

「まあ、俺の放置プレーもまんざらじゃなかったってことだな」
「はあ?」
私はカップを持ったまま奏多を見上げた。
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