愛しているので離婚してください~御曹司は政略妻への情欲を鎮められない~
 月曜の朝は、いつもより少し遅い出勤になってしまった。

 このところのストレスが原因だろう。のっけから頭痛がして薬を飲んだ。幸い効いて楽になったものの、今日は、いや、昨日に引き続き今日も、これから強力なストレスの種と向き合わなければならない。

 憂鬱半分怒り半分。どっちみち負の感情しかない。
 また頭痛薬を飲むようだなと思いながらエレベーターを下りる。

 廊下を進み秘書課をちらりと見て、パソコン画面に向いている五月の姿を確認する。
 その奥、上半分がガラスで仕切られたスペースに透の姿も見えた。

 そのまま通り過ぎ、専務室に入ってすぐ透に内線をかけた。

「頼みがある。五月と話をしたいんだが同席していてもらいたい」

『えっと。――どうかしたのか?』
 仕切られているとはいえ、視界に入る五月が気になるのだろう、透は声を落とす。

「説明するより、一緒に話を聞いていてもらったほうがいい。始業時間になったら頼む」

『了解』
 不穏な空気を感じたのか、透は何も聞かずそのまま電話を切った。

 椅子に腰を沈め、大きく息を吸って自分に言い聞かせる。

 怒るなよ、決して。
 俺が悪いんだ。

 五月の始業時間まで二十分以上ある。
 気持ちを落ち着けるついでに、先に仕事を片付けておいた方がいいだろう。
 PCを立ち上げ、とりあえず頭を切り替えた。


 そろそろかと思った頃、ドアがノックされた。

「失礼します」
 先に入ってきた五月をソファーへと促す。
「座って」
「はい……」
 何かを察したのか、彼女の目は既に潤んでいる。

 透は、俺の隣に腰を下ろした。

「君には俺の秘書から外れてもらう。理由は言ったほうがいいか?」

 ハッとしたように顔を上げた五月は、震える右手を口元にあてる。

「あ、あの人が、言ったんですか……」

 消え入りそうな声だ。
 肩を震わせて、悲しくて仕方がないというふうに。

「君の言うあの人が誰なのかはわからないが、俺と君とは恋人関係でもないし、付き合った過去もなにもない」

 面倒なので説明もなく、先に釘を刺した。
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