【完】鵠ノ夜[上]



「連れてきてくれてありがとう。

御陵の敷地内でも桜は咲いてるけど、」



こんな風に、上から見渡すのははじめてだ。

すごく綺麗な場所なのにわたしたち以外に人はいなくて、もったいないなと思うのに。この景色を独り占めしているみたいで、すごくしあわせな気分になる。



「胡粋」



名前を呼べば、彼が眩しそうに目を細めた。

今日一日で、彼との距離がどれほど縮まったんだろう。少なくともわたしは、迷いなく胡粋と名前を呼べる程に仲良くなれたと思う。



「デート。……結構楽しかったよ」



「……それなら、よかったわ」



春の風と同じ。

あたたかく頬を撫でられて、今度こそゆっくりとまぶたを伏せる。行き場のない空いた手で彼の服を小さく掴むと、紅を乗せたくちびるに吐息が触れた。




「……、」



「……ほかのヤツには、キスしたの、秘密ね」



視線を持ち上げた先でゆるく笑われて、こくんと頷く。

恋人繋ぎした手をすっと解いた胡粋が片膝をつくように跪いたかと思うと、離した手を掬って持ち上げ、手の甲に王子様のような口づけを一つ。



「……誓うって決めたよ。

御陵のお嬢っていう肩書きの人間じゃなくて。──御陵雨麗本人に、忠誠を誓ってあげる」



ああ、王子じゃなくて、騎士だったか。

綺麗な瞳を見下ろして、口角を上げる。男として御陵に生まれたなら、必要のなかったであろう護衛の存在。──ならば、女であることを武器にすればいい。



「わたしのこと、護って頂戴。

その代わり。……あなたのことは、わたしが権力を尽くして護ってあげるから」



「仰せのままに。

今まで冷たくしてごめんね。──"レイ"」



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