【完】鵠ノ夜[上]



夕食を終えた後、部屋にもどって課題を済ませてから、一息つく。

一人になって思い出すのは、夕食前の俺の発言によってピリッとしたあの空気感だ。俺がお嬢に本気になった、と匂わせたせいで、驚愕と困惑が入り混じっていた。



確かに反発はしていたけれど、元々レイ自身のことは嫌いだったわけじゃない。

その好感度が、恋愛のボーダーラインをも超えてしまっただけのことだ。そもそも、主従関係ではあるものの、俺ら五家だって、御陵の跡を継ぐ条件は満たしている。



つまり。お嬢がその気になれば、五家の誰かがお嬢と結婚という形も、ありえなくはない。

その分鯊の跡取りがいなくなってしまうが、鯊は御陵の直下。問題はない。



「こいちゃーん。

ぼくだよ、お邪魔してもいいー?」



──コンコン、とノックされた扉。

声の主は隣の部屋で暮らす芙夏で、返事すれば顔を覗かせる。その手にあるのは、俺とレイが立ち寄った和菓子屋の紙袋。



「組員の人にスイーツ分けてもらう約束してたから行ってきたんだけどねー?

本邸から出たらレイちゃんとばったり会って、こいちゃんのところに行くって言ったら、追加の和菓子くれたのー」



食べていいよだってー。と嬉しそうに芙夏は言ってるけど。

本邸から出てレイと会った、という言葉に違和感を覚える。時計を見れば、時間は間も無く22時。──この時間に外にいるなんて、どう考えたっておかしい。




「芙夏、レイは外で何してたの」



「何、って。……うーん、何してたんだろう。

追加の和菓子をくれた時に部屋に戻ったんだけど、先にぼくが出てきちゃったから、今は部屋にいるんじゃないかなあ」



「そっか。……それならいいんだけど」



こんな時間に外にいるって言われたら、さすがにちょっと心配する。

もちろん本邸を出ても敷地内だし、敷地を出てもこのあたりに近づく人間はいないから、何か起こったりはしないだろうけど。



「ふふ、こいちゃん心配性だよねー。

レイちゃんと、デートして何があったの?打ち解けるぐらいはしてくれると思ったけど、まさかレイちゃんのこと好きだって言い出すとは思わなかったよー」



にこにこにこにこ。

屈託のない笑みで芙夏に「好きって言い出すとは思わなかった」なんて言われたらどことなく気恥ずかしくなるのはなぜなのか。



「でも、妬いちゃうなぁ。

せっかくぼくがレイちゃんのこと独り占めしてたのにー。突然仲良くなって、好きとか言われたらぼくだって妬いちゃうよ?」



< 47 / 271 >

この作品をシェア

pagetop