すべてが始まる夜に
部長の背中を見つめながら遅れないように歩いて着いて行く。ビシッとスーツを着こなし、ブランドのスーツケースを引きながら颯爽と歩く後ろ姿は、部長に恋愛感情はなくても素直にかっこいいと思ってしまう。

ほんとに部長ってイケメンだし、スタイルいいし、仕事できるし、かっこいいし、モテる要素満載だよね。
なのにあんな理由で彼女に振られるって……。

あのカフェで見た髪の長い綺麗な彼女のことが頭の中に浮かんできた。

彼女、部長にセックスは下手って言ってたけど、キスはどうだったんだろう?
彼女にもあんな激しいキスしてたってことでしょ?
キスは上手いって思ってたのかな?
もしあれで下手だとしたら、上手い人ってどんなキスするんだろう?
あのキス以上に上手いキスって……。
やっ、やだ、私ったら朝から何を考えてるの……。

思わず立ち止まって口元を押さえ、頭の中の画像を消し去るように目を瞑り大きく首を振っていると、白石、ここ入るぞ──と前を歩いていた部長が突然振り返った。

その場で立ち止まったまま部長を見つめ、慌てて「はっ、はい」と返事をする。

「どうした、首なんか振って? 何を慌ててるんだ? っていうか、顔赤いぞ」

「いっ、いえ、なんにも、なんにも慌ててません……」

胸の前で必死に両手を振りながら、引き攣った笑顔を見せる。

「ここ入るから携帯のバーコード表示させてくれるか?」

部長が指さした場所には、航空会社の名前と一緒に『LOUNGE』と書かれてあった。

「部長、ここラウンジって書いてありますけど」

「ああ、ラウンジだよ。だから搭乗便のバーコードが必要なんだ」

部長は当たり前のように話しているけれど、確かラウンジは入るのに規定があったはずだ。めったに飛行機に乗らない私には、それを満たす対象には当てはまらないはずだ。

「すみません部長、私、ほとんど飛行機には乗らないので、こういうラウンジには条件的に入れないと思います。私は搭乗ゲートの前で待ってますので、部長は中に入ってゆっくりしてきてください」

「それは心配しなくて大丈夫だ。俺のステイタスで同行者ひとり入れるから。少ししか時間はないが、コーヒーくらいは飲めるだろ。入るぞ」

初めて入ったラウンジの中はとても広々としていて、朝早い時間だというのに飲み物の入ったグラスを置いてパソコンを打っているビジネスマンの人たちが多かった。
< 156 / 395 >

この作品をシェア

pagetop