すべてが始まる夜に
「結構ビジネスマンの人たちが多いんですね」

周りに聞こえないように小さな声で部長に話しかける。

「だな。俺も出張の時はよく利用するけど、いつもこんなもんだよ」

部長は慣れた感じで席に座り、「白石、あそこに飲み物あるから好きなの取ってくるといいよ。時間はあと15分くらいしかないけどな」と腕時計を見た。

「わかりました。部長は何がいいですか?」

「俺のも持って来てくれるのか?」

「はい。何がいいですか?」

「悪いな、じゃあコーヒーで」

部長はそう言うと、鞄からパソコンを取り出して電源を入れ始めた。

コーヒーを入れた2つのカップをトレイに乗せて席に戻ってくると、部長は真剣な表情でメールの返信をしていた。

どうぞ──とカップをパソコンの横に置き、部長からひとつ離れた席に座る。そして私もカップを持ち、コーヒーを口に運んだ。

淹れたてではないのですごく美味しいというわけではないけれど、コーヒーの苦味が口の中に広がり、身体の中へと入っていく。

朝はやっぱりコーヒーだな、と思いながら窓に視線を向けていると、パタンとパソコンの閉じる音がして、部長もコーヒーを飲み始めた。

「淹れたてじゃないからそこまで美味しいってほどじゃないな」

自分と同じ感想に、思わずクスッと笑ってしまう。

「どうした? 何かおかしかったか?」

「いえ、私も同じこと思ったので。淹れたてじゃないからすごく美味しいってわけじゃないなって。でも朝はやっぱりコーヒーがいいなって」

「まあ、こういうコーヒーに携わる仕事をしているからそう思うのかもしれないけど、俺もやっぱり朝はコーヒーだな。さらに淹れたてだと最高だな」

カップを持って口元を弧にして微笑む部長はCMにでも出てきそうなくらいかっこよくて、なぜか胸の奥が急にせわしくなり始めた。
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