すべてが始まる夜に
ラウンジでコーヒーを飲んだ私たちは搭乗口に向かい、ゲートを通って機内に乗り込むと、飛行機は定刻通りに羽田空港を飛び立っていった。

松永部長の席はタクシーの中で変更したと言っていた通り、本当に私の隣の席だった。座席が2列配列の席なので、隣との距離がとても近く感じてしまう。

こういうときって部長と何か話した方がいいのかな?
それとも、黙っている方がいいの?

機内を見渡すふりをして部長に視線を向けると、部長は顔を下に向けて腕を組み、目を閉じて眠っているようだった。

その姿を見て少しほっとしながら、視線を窓の外に向ける。いつも地上から見上げている雲がふんわりと目の前に見え、一面に青空が広がっている。

うわぁ、空と雲をこんなに近くで見れるなんて……。
すっごい綺麗。
写真撮っても大丈夫かな?

部長を起こさないように静かに鞄の中からスマホを取り出し、窓の外の景色をカシャッと撮影する。
空と雲が綺麗に入る構図を考えながら何枚か写真を撮っていると、「空の写真を撮っているのか?」と隣から声が聞こえてきた。

「あっ、はい。すごく綺麗だったので……。す、すみません。起こしちゃいました?」

腕を組んだままで私の方を見ている部長に小さく頭を下げると、「眠っちゃいないよ。考えごとしてただけだから」と微笑まれ、私も条件反射のように愛想笑いを浮かべた。

「白石、こっち側の席だったらもうすぐ富士山が見えるんじゃないか?」

「えっ? 富士山ですか?」

富士山というキーワードに、思わず声を弾ませてしまう。

「ああ、今日は晴れてるから綺麗に見えると思うぞ」

部長が教えてくれたことで楽しみにしながら窓の外を覗いていると、頭に雪がかかった富士山らしき山が見えてきた。
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