すべてが始まる夜に
「部長、大根半分どうぞ。すごく美味しいですよ」

笑顔を向けながらお皿を部長の方へスライドさせる。
ありがとう──と返事はしてくれるものの、なぜか屋台に入る前の時のように笑顔は見せてくれない。

どうしたんだろう?
急に調子悪くなった? ってことないよね?
ビールは飲んでるもんね……。
もしかして久しぶりの屋台だったからお店の人と話したかったとか?
部長が連れてきてくれたお店なのに、私が先にお店の人と話しちゃったからかな……。

部長よりも先にお店の人と話してしまった自分に対して罪悪感が押し寄せてきた。

私はなんて配慮が足りなかったんだろう。
部長だって屋台でごはん食べるの楽しみにしていたはずなのに。

気づかれないようにチラリと隣に視線を向けると、部長は私が割った大根の半分を口に入れていた。

「部長、美味しい……ですよね?」

顔を覗き込むように微笑んでみる。

「うん、旨いな」

いつもだったら笑顔を向けて感想を言ってくれるはずなのに、愛想程度に口角を上げているだけだ。

やっぱり私が先にお店の人と話しちゃったからだ。
部長に謝る?
でも謝るっていっても、なんて謝ったらいいの?

目の前のビールを手に持ち、口元に持っていきながら考えていると、「ここいいですか?」と女性の2人組が屋台に入ってきた。
部長が私の方に近づいて座り直し、長椅子のスペースを空ける。

「はい、いらっしゃい、どうぞ──」という威勢のいいお兄さんの声と同時に、「はい、お待たせ。明太子入り玉子焼きね、これも美味しいよ──」とテーブルにお皿が置かれた。

真ん中に大きな明太子が入った葱入りの玉子焼きが湯気を立てながら輪切りにされてお皿に綺麗に並べてある。調理をしながらこっちを見ているお兄さんの視線を感じて、私は玉子焼きを箸で掴み、口に入れた。
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