すべてが始まる夜に
いろんな変化
「おはようございます」

戦略部フロアのドアの前で大きく深呼吸をした私は、いつもと変わらない笑顔で挨拶をしながら、自動ドアを通り抜けて自分の席へと向かって入って行った。

今日はいつもの出社時間よりも30分遅くなってしまい、もう8時半だ。始業は9時からなのでまだ全然時間に余裕はあるけれど、いつも8時過ぎに出社している私にとっては珍しいことだ。
机の上に鞄を下ろしていると、隣から若菜ちゃんがいち早く声をかけてきた。

「おはようございます。茉里さん、私より遅いって珍しいですね? 今朝、山手線って遅れてましたっけ?」

「ううん、違うの。ちょっと寝坊しちゃって……」

あはっ、とおどけたような笑みを見せると、今度は前から吉村くんが様子を窺うような視線を向けてきた。

「白石が寝坊するなんて珍しいな、もしかして体調でも悪いのか?」

「そうじゃなくて、色々考えごとしてたら昨日寝るのが遅くなっちゃって……」

吉村くんが心配しないように笑顔で首を振ったのに、「考えごと?」とまた心配そうな顔で見つめられた。

「あっ、新店舗のメニューのことでね」

平静を装いながらとっさにその場を取り繕う。
本当はあの土曜の夜の出来事がずっと頭の中から消えなくて、1日中そのループから抜け出すことができなかったのだ。
結局頭が冴えまくって、ベッドに入っても眠ることもできず、やっと眠れたと思ったのは明け方4時を過ぎたあたりだった。

「あっ、新店舗のメニューと言えば、さっき部長から会議のメールが来てましたよね?」

「部長のメール? ああ、来てた来てた。新店舗のメニューについてアイデアを出してほしいから、明後日戦略部全員で会議をするってやつだろ?」

“部長” という言葉に、思わずドキッとしてしまう。
そういえば部長は……と気になるけれど、どういう顔をしたらいいのかわからなくて、怖くて部長の方へ視線を向けることができない。

私はまたその場を取り繕うように2人に笑顔を向けた。
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