すべてが始まる夜に
再びそっと唇を近づけ、部長の唇に重ねる。
そのまま少し口を開き、軽く唇を包み込んだ。
この間部長に同じことをされたけど、自分からこんなキスをすると部長の唇の形や感触がはっきりと伝わってくる。

今の私にはこれが精一杯のキスだ。
これ以上の大人のキスをしろと言われても、もうできそうもない。私は部長の肩に置いてある両手に少し力を入れて唇を離した。部長の目がゆっくりと開かれる。
だけど部長は何も言わず私を見つめると、優しく私の頬を両手で挟みこんだ。

茉里、と低く掠れた声で囁かれる。
艶めかしい潤んだ瞳で見つめられ、名前を呼ばれただけなのに、ゾクゾクっとした感覚が身体の中を流れていく。

ほんとにお前ってヤツは──。

そう囁いたかと思うと、顔を近づけ、部長が唇を重ねてきた。
片手は私を抱き締めるように背中にまわされ、もう片方の手は後頭部にまわされて固定される。
しーんとした部屋の中にリップ音だけが響き、どんどん身体に力を入らなくさせていく。
私は部長のカーディガンの袖をぎゅっと握ってそのまま肩に顔を埋めた。

「茉里、俺に顔見せて」

部長の優しい声が耳元から聞こえてくる。

「やだ……。恥ずかしい……」

「恥ずかしくないよ。可愛いよ、茉里」

どうしてなんだろう。
部長にそう言われると恥ずかしいと思っていた気持ちが小さくなり、可愛いと言われたことで素直に嬉しいと思ってしまう。
埋めていた肩から顔を離して部長に視線を向けると、部長はにっこりと優しい笑みを浮かべて私を見つめてくれていた。
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