すべてが始まる夜に
エレベーターに乗り、自分の部屋がある3階を通り越して10階まで上がっていく。
いつもは3階から部長の部屋へ向かうけれど、1階から直接10階に向かうなんてなんだか不思議な気分だ。

1001と書かれたドアの前に到着してインターホンを鳴らすと、ガチャッと音がして部長がドアを開けてくれた。ニコリと出迎えてくれる笑顔を見て、私も笑顔を向ける。

「お帰り。思ったより早かったな」

「はい。約束の時間に間に合うか心配だったので、一軒だけで帰ってきました」

「一軒だけ? とりあえず入って」

部長のあとについてリビングの中へ入っていく。
私はダイニングテーブルの上にケーキの箱を置いた。

「これ、お土産のプリンとケーキです。お話しながら一緒に食べようと思って」

「プリンとケーキ? じゃあコーヒーでも淹れるか」

部長がキッチンへ移動する。

「コーヒーってもしかして、昨日の手挽きのコーヒーですか?」

「そのつもりだけど……、嫌か?」

「ううん。嫌じゃない。昨日の手挽きのコーヒーが飲みたいです」

わかった──と優しい笑顔を向けてくれた部長は、戸棚からミルを出してダイニングテーブルに座ると、コーヒー豆を入れてハンドルを回し始めた。
ガリガリと豆の挽く音が聞こえ始める。

「あー、いい匂い……。またあのコーヒーが飲めるなんて嬉しいな」

目の前に座って、両手で頬杖をつきながらじっと見ている私に、部長は「そうか?」と柔らかい視線を向けたあと、また手元に視線を戻して一定の速度でハンドルを回していく。

「今日のカフェ、すごく素敵だったんです。だけどコーヒーが少し苦くて……。最初はカフェオレにしようかと思ったんですけど、部長が “初めてのお店では必ずブラックコーヒーを頼む” って言われてたのを思い出して、私も真似してブラックコーヒーにしたんです。でも苦くてミルク入れちゃいました」

へへっと笑うと、部長もフッと口元を緩めている。

「なんかいいヒントになりそうなことはあったか?」

「あると言えばあったんですけど、頭の中で考えてることをもう少し具体的にしたいんです。アイデアが纏まったらお話します」

「そっか。………それより、吉村に告白でもされなかったか?」

「えっ?」

思わず頬から手を離して顔を上げる。
なんで急にこんなことを聞くのだろう?
驚いて部長の顔をじっと見てしまう。
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