すべてが始まる夜に
「私……、もし誰かと付き合うチャンスがあったとしても、今すぐ誰かと付き合うとか、誰かから告白されたからすぐ付き合うなんてことは全然考えてなくて……。付き合うのはこのレッスンを3ヶ月間きちんと受けて自分に自信をつけてからにしようと思っていたんです。でもこんな迷惑なレッスン、早く終わらせたいのであれば今月いっぱいでも大丈夫です」

「早く終わらせたいとも迷惑だとも全く思ってないよ。そんなことひとことも言ってないだろ?」

「でもさっき、吉村くんから告白されたのか? とか、吉村くんに告白されたら付き合うのか? って聞いてこられたのは、早くレッスンを終わらせたいから早く私が誰かと付き合ってほしいってことですよね?」

「そっ、そうじゃない。そんなこと思うわけないだろ」

「じゃあどうして聞いてこられたんですか?」

「いや、その……、一般的に男が女を誘うって言ったら好きな女に告白するのだと思うだろ? だから少し気になっただけだ」

部長はどういうわけか落ち着かない様子で視線を彷徨わせている。

「吉村くんに限ってそんなことないです。いくら恋愛経験がない私でもそのくらいはわかりますよ」

「いや、茉里は全く気づかないタイプだと俺は思うけど……」

「それって酷くないですか? 私が鈍感だって言ってるようなもんですよ! いくら私だって相手が自分に好意を持ってくれてるかどうかくらいはわかりますー!」

もう一度頬を膨らませた私に、部長は怪しがるような表情を浮かべてフッと鼻で笑っている。
あれは絶対信じていない顔だ。
私だってそのくらいわかるって言うのに!

私は小さく溜息を吐くと、再びミルでコーヒー豆を挽き始めた部長に視線を向けた。

「でも正直ですね、金曜日に初めて最後までレッスンしてもらって、週2回のレッスンは多かったかなって思ったんです。週1回でも多いかなって……。2週間に1回でもいいかな……」

「もしかして……嫌、なのか……?」

「嫌というか……、あっ、えっと、部長が嫌とかじゃないですよ。やっぱり痛いの怖いし……」

「俺が下手だからな」

それは違います──、と両手と首を大きく振る。
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