すべてが始まる夜に
「ごめん茉里、このままだと寒いよな。部屋の中に入って話そっか」

部長は靴を脱ぐと、私の手を引いてリビングの中に入り、すぐに部屋の暖房を点け、「ちょっと着替えてくるな」と言ってそのまま寝室の中に入っていった。
私はコートを脱ぐと、手を洗い、温かい飲み物でも入れようと、キッチンでお湯を沸かし始めた。

スウェットに着替えてきた部長が、ソファーに座りながら「茉里、こっちに来て」と私を呼ぶ。
そして私を自分の膝の上に跨がせると、「あー、やっと茉里と2人きりになれた……」と言って私を抱きしめた。

こんな風に抱きしめられると、やっぱりうれしくてたまらない。私も部長の肩に手をまわした。

「茉里、聞きたくないかもしれないけど、俺の話を聞いてくれるか?」

そう言って身体を離し、腕を私の腰にまわす。
片手で私の頬に触れながら、真剣な表情を向けた。

「さっき宮川が話してただろ? 今日会社に来た人間がいるって」

瞳を揺らしながら私を見つめる部長に、小さく頷く。

「あれは茉里も知っている、あのカフェで会ったあの女だ」

「それって、福岡のカフェでも会ったあの人……?」

「ああ、そうだよ」

わかってはいたけれど、部長の口から聞くまでは違う人かもしれないと淡い期待を抱いていた。
やっぱりあの綺麗な彼女だったんだ……とわかり、途端に悲しくなってきた。

「そんな顔するなよ。俺は茉里のことが好きなんだから」

私の不安を消すように腕に力を入れて抱きしめる。
部長の気持ちを疑っているわけではないけれど、私と出会う前に好きだった女性だ。
やっぱりどうしても心の中が曇り、もやもやとした気持ちに覆われてしまう。

「どうして……悠くんに会いにきたの?」

怖いけど知りたくてたまらない。
何のために部長に会いにきたのだろうか?
忘れられなくて、復縁を迫りにきたのだろうか?
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