すべてが始まる夜に
誰よりも深い想い
葉子たちと別れたあとも、部長は私の手に指を絡ませてしっかりと繋いだまま、駅へと歩いて行った。
こうして手を繋いでくれることでさっきまでの不安は少しだけ小さくなったけれど、でもこんな会社の近くで、しかも社員の誰かに会うかもしれないのにと思うと、今度はそっちが心配で不安になってくる。

「ねぇ、悠くん……、誰かに見られちゃいけないから、上野に着くまでは手を離していた方がいいと思うの。だから手を離すね……」

そう言って繫がれた手を解こうと指を広げると、部長はそれを阻止するようにさらにぎゅっと繋いできた。

「誰かに見られて困ることはないだろ? 俺たち付き合ってるんだし、どうせ宮川たちにもバレてしまったんだ。今さら隠す必要もないだろ?」

そうだけど──。
さっき、とうとう葉子たちにバレてしまった。
部長が私の名前を呼んで手を掴んだ瞬間、葉子も若菜ちゃんも吉村くんも、3人ともが今まで見たことないような本当に驚いた顔をして私たちを見つめていた。きっと、いや絶対に、月曜日は私が考えてる以上に大変なことになりそうだ。

それに──。
あの彼女のこともやっぱり気になる。
不安は少し小さくなったとはいえ、まだ消え去ったわけではない。あの彼女がどうして会社に来たのかもまだわかっていないし、もし彼女が復縁を希望して部長を尋ねてきたら……と考えると、怖くて仕方がない。

「茉里、俺はそんなことより早くお前の中の不安を全て取り除きたいんだ。だから何を言っても俺はこの手を離さないからな」

部長はそう言うと、本当に一度も私の手を離すことなく電車に乗り、マンションまで帰った。

マンションのオートロックのドアを開け、エレベーターに乗り、10階へと上がる。
そして部長が部屋の鍵を開け、私に先に中へ入るように促した。言われた通り、先に玄関の中に入ると、そのまま後ろからぎゅっと抱きしめられた。

「あー、早くこうしたかった……。ごめんな、嫌な思いさせて。不安だっただろ?」

耳元で囁かれる声とともに、コートから部長の爽やかな香水の匂いがふんわりと漂う。
部長と一緒に過ごすようになって、この香りを嗅ぐとなぜか安心できる私がいた。
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