すべてが始まる夜に
「悠くん、私が担当者だということはよくわかってる。責任を放棄しているって言われてもいいから、今回は私だけ日帰りにしたいの。私は当日始発の飛行機で行くことにする。初日のオープンは10時でしょ。始発の飛行機で行っても間に合うから。悠くんに迷惑をかけることだけはしたくない」

「迷惑なんて思ってないよ」

「悠くんがそう言うのも全部わかってるよ。でもね、せっかく悠くんと付き合えたのに、変な噂が立って、それが原因で悠くんとのことを色々と言われるのが嫌なの。悠くんがいつも私を守ってくれることにはすごく感謝してる。感謝してるから、私も悠くんを守りたいの。悠くんのことが大切だから……。だから……私は前泊もしない。オープン当日に行って、最終便で帰るから、悠くんは予定通り2泊3日の出張にして。お願い。その代わり……来週の土曜は2人でお祝いしたいの。無事にラルジュがオープンした記念として一緒に2人でお祝いしたい。だめかな?」

部長が何て答えるのか、ドキドキしながらじっと見つめる。
私の必死なお願いが伝わったのか、部長はぎゅうっと私を抱きしめてくれた。

「ゆ、悠くん、そんなに強くぎゅってしたら、シャツにファンデーションがついちゃうよ……」

「ついてもいいよ」

「だ、だめだって……。これから会社に行くのに着替えないといけなくなっちゃう……」

「あと30分早けりゃ、全部服を脱ぐところだったけどな」

「えっ?」

ふわっと腕の力が緩み、顔を上げると、口元で弧を描いてにっこりと微笑んだ部長の顔が私を見つめていた。

「お前の心からの素直な言葉で、俺は嬉しくて仕事が頑張れるよ……」

「悠、くん……?」

「わかった。福岡の出張は日帰りでいいよ。その代わり、来週の土曜は2人でお祝いしよう」

「ほんと? 悠くんと一緒に2人でお祝いできるの?」

嬉しくて思わず思いっきり笑顔を向けてしまう。

「ああ、俺が店を予約しておくから、茉里は何もしなくていいからな」

部長は私の頭の上を2回ほど手のひらでぽんぽんと触れると、再びネクタイを締め直し、会社へと出かけていった。
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