すべてが始まる夜に
「ごめん、残念ながらスイートじゃないんだ。やっぱりスイートが良かったよな? 今春休みだろ? 先週お祝いしようって約束してすぐに予約入れたんだけど、その時にはスイートは既に満室だったんだ……。ごめんな」

「ちっ、違う、そんな意味で言ったんじゃないよ……。私、スイートなんて泊まったことないし、こんなに広いお部屋だから勝手にスイートだと思い込んじゃった。私の方こそごめんね」

私はそう言って抱きつくように、部長の背中に腕をまわした。

「悠くん、私ね、悠くんと一緒ならどこにいてもうれしいよ。こんな素敵なホテルに泊まれるのももちろんうれしいけど、お家で一緒にごはん食べたり、近所にお買い物に行ったり、一緒に散歩したり……、それだけでうれしいの。悠くんと一緒なら高級じゃなくて全然いい。だから、スイートとかそんなの気にしないで」

「茉里……?」

「悠くん、いつもありがとう……。私、なんにもお返しができてなくてごめんね」

「お返しならたくさんもらってるよ。茉里がこうして俺に抱きついてくれるのも初めてだし。俺にはお前の存在が何よりのお返しだよ」

部長は私の頬を両手で挟むと、私の唇にちゅっと軽くキスをした。

「なあ茉里、しよっか?」

「何をするの?」

「決まってるだろ。ホテルの部屋で2人きりで、こんなに大きなベッドがあったらやることはひとつだろ」

目の前にあるベッドを見て、視線を部長に移すと、嬉しそうに微笑んでいる。
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