すべてが始まる夜に
一晩明けて
土曜日に偶然にも松永部長とあんな出会い方をした私は、非日常な出来事に興奮していたのか、それとも空きっ腹に飲んだビールでほろ酔い気分だったこともあったのか、あの日家に帰ってからは特に深く考えることもなく、お風呂に入ったあととても気持ちよく眠りについた。

だけど一晩明けての日曜日の朝、カーテンの隙間から差し込んでくる柔らかい光で目を覚ました私は、ぼんやりとした頭の中が次第にクリアになっていくとともに、昨晩自分が部長にとんでもない発言をしてしまったことを思い出し、ベッドから飛び起きた。

ちょ、ちょっと、
私ったら部長に何てこと言ってしまったの!


うそでしょ……と両手で顔を覆いながら昨晩の出来事を思い出す。部長との会話を思い出すほど、「後悔」という二文字が頭の中をぐるぐると駆け巡った。
今さらながら後悔しても遅いけれど、できることなら昨日に戻ってあの発言を撤回したい。

どうしよう──、と目をぎゅっと瞑って頭を抱え込んだところで昨日に戻れるはずもなく、私は大きな溜息を吐きながらのろのろとベッドから出てキッチンへと移動した。

電気ポットでお湯をお沸かしながらマグカップにカフェ ラルジュで売られているドリップコーヒーをセットする。このドリップコーヒーは年に2回、社員に定価の半額以下で販売されるのでとても重宝しているのだ。沸騰したお湯をマグカップに注ぎ始めると、狭い1Kの部屋の中にコーヒーの香りが漂い始めた。

ああ、いい匂い。

コーヒーを淹れた時のこの瞬間が一番好きだ。
コーヒーの香りに癒されながら、半分くらいお湯を注いだところで冷蔵庫から豆乳を取り出しソイラテにする。それを持ってキッチンから部屋に移動し、ローテーブルの上に置いた。

ベッドを背もたれにして寄りかかりながら、先ほどの悩み事がまた頭の中をぐるぐると巡り始める。

明日どんな顔して部長と話をしたらいいんだろう。
ねぇ、どうしたらいい?
どうしたらいいの?

何度自分に問いかけてみても答えは出てこない。
カーテンを開けて明るい部屋のはずなのに、外の晴れやかな天気とは裏腹に気持ちは沈んだまま、どんよりとした雲が部屋中に立ちこめているようだ。
葉子に相談してみようかとちらっと頭をかすめるけれど、こんな話なんかしたら相談どころか「茉里、それってどういうことなのー!」と、執拗な質問攻めにあいそうだし、考えれば考えるほど自分のとんでもない発言が頭を悩ませる。
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