すべてが始まる夜に
「こんな顔だと小さな頃からモテモテだったんだろうな」

目の前にある美しい顔を眺めていると、つい口からそんな言葉が零れ落ちた。

マニュアル本だけを頼りに生きてきた私とは違って、そんな本とは無縁な人生を歩んできたはずだ。
きっと自分から告白しなくても、女性から言い寄られることがほとんどだったのではないだろうか。

「私みたいに恋愛で悩むことなんてないんだろうな。羨ましいよね……。っていうか部長って自分から告白したりするのかな?」

ふと、そんな疑問が湧いてくる。
一週間前に見たあの綺麗な彼女。
確か部長は彼女にまだ結婚するつもりはないって言っていたけれど、結婚するつもりはなく付き合っていたってことは遊びだったってことなのだろうか。
いや、好きじゃないのに付き合うっていうのはたとえ遊びだとしても疑問が残る。
彼女のことは好きだけど遊びってこと?
どういうこと?

あの時の部長との会話を思い出しながら考える。

俺は自分の中で家庭を持っても大丈夫だと納得できるまでは結婚はしたくないんだ──。
結婚したら嫁さんには家庭に入ってほしいんだ。そうするにはもう少し俺が一人前になってからじゃないと家庭は作れないだろ──。

そっか。
いつかは彼女と結婚するつもりはあったんだ。
だけどこっちに転勤になってしまって、仕事が落ち着いてから結婚しようと思ってたのに、彼女が待てなかったんだ。多分……。

それなのにあんな恥ずかしいことを人前で言われて、可哀想というか同情してしまう。
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