すべてが始まる夜に
「いっ、いえ……。あまりにも似合わないなって思いまして……。イメージだと、俺は甘いものは嫌いだ、ブラックコーヒーしか飲まない!って感じなのに、プリンが好きってなんだか可愛いなって……」

「そうか? 誰だってプリンは好きだろ。まあ俺は今流行りのとろとろのプリンじゃなくて硬めのプリンの方が好きだけどな。あのカラメルの苦さとのバランスが最高だよな」

プリンについて熱く語る部長に、知らない一面を見た気がして笑いながらもじっと見つめてしまう。
そんなに可笑しいか、と尋ねる部長に慌てて首を横に振った。

「すっ、すみません。部長、冷蔵庫の中にあれしかないってことは、食べるものは無いってことですよね?」

「いや、カップラーメンぐらいはあったはずだが」

「カップラーメンって……、風邪ひいてるのに。あの……、もし嫌じゃなかったら私がお粥かおうどんか作ってきましょうか?」

私の申し出に部長は驚いたような表情を向けた。

「はっ? いや、そんなことまでしてもらうわけにはいかないだろ。大丈夫だ。あとで何か買いに行くし」

「あとで買いに行くって、絶対行かないですよね。多分、プリン食べて、カップ麺食べて今日はそれで過ごすつもりでしょ」

「そ、そんなことないよ」

そう言いながらきまり悪そうに視線を彷徨わせている。

「部長、昨日はあんなに熱が出てたんです。今は下がっているからと言ってもまた上がるかもしれないし、病院に行かれるつもりがないのでしたらちゃんとごはんは食べてください。お粥とおうどん、どっちがいいですか?」

「ほんとにいいのか? 作ってもらっても」

「お口に合うかどうかはわかりませんけど、カップ麺よりはマシだと思います」

「じゃあ、うどんがいいな」

「わかりました。じゃあおうどん作ってきますので、1時間後くらいにピンポン鳴らしますね」

「ほんとに悪いな」

私は毛布と掛け布団を抱えると、俺が下まで持っていくよと言う部長を断って「後でおうどん持ってきます」と言って部長の部屋をあとにした。
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