すべてが始まる夜に
「大丈夫か? 今のはかなり痛かっただろ?」

寝起きだからなのかそれとも勢いよく頭をぶつけたせいなのか、俺の問いかけに対して目を丸くしまたまま「あっ、あの、えっと、その、あの、えっと……」ともごもごと呟きながら言葉に詰まっている。

その姿がどこか可愛く思えてきて、俺は自然と白石のおでこに添えられた手を外し、顔を近づけてぶつけた場所を確認していた。白石がどこかおびえたような顔をして俺を見つめ、その瞬間、ふと我に返る。

おっ、俺は部下に何をしてるんだ……。

「ぶつけたのが目じゃなくてよかったけど少し腫れてるようだな。これは痛いだろ。冷やすか? っていうか、白石はいつもあんな風に飛び起きるのか?」

動揺しているのを悟られないように、あくまでも上司としての冷静な態度を装いながらそう告げると、白石は小さく首を振った。そして、あっ、あの部長……と呟いたかと思うと正座に座り直し、すぐに謝ってきた。

「かっ、勝手にお家に入って本当にすみませんでした。ごめんなさい。きっ、昨日、風邪薬と冷却枕を持ってここに来たとき、ドスンって何かが落ちるような音がしたんです。呼んでも返事がなくて、それで気になって部屋の中に入ったら部長が倒れてて……。少し様子を見たら帰るつもりだったんです。なのに気づいたら寝てしまっていて……。本当に、本当にすみません。部長のお家に入ったことは絶対に誰にも言いませんので……。ほんとにごめんなさい」

そういう理由で白石がここにいたのか……。
昨日の夜からの事情がわかり、頷きながら納得する。

もし白石が気をまわして薬を持って来てくれることがなければ、今日の俺はとても酷い状態になっていただろう。白石は勝手に部屋に入ったことに対して謝っているようだが、感謝することはあっても怒ることは何もない。
俺は白石が気にしないように柔らかい表情を浮かべた。
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