あなたの隣を独り占めしたい(続編まで完結)
「おはよう」

 アパート前まで車で迎えに来てくれた佐伯さんが、爽やかな笑顔で私のために助手席のドアを開けてくれる。

「お、おはようございます」

(ううっ! 私服の佐伯さん、めっちゃかっこいい)

 白シャツにネクタイという仕事着姿しか見たことがない私には、黒を貴重にしたモノトーンファッションの彼はあまりに眩しい。
 インナーにしているVネックのTシャツからは鎖骨が除いていて、くらりとしてしまう。

「槙野? 早く乗って」
「は、はい! ありがとうございます」

 ぎくしゃくしながら、そろりと助手席に乗り込む。
 すっぽり背中を包むシートに腰掛けると、もうその空間からは出たくなくなるような心地よさだった。

「寒くない?」

 運転席に戻った佐伯さんが、エアコンの調整をしながら尋ねる。
 顔がこちらに少し近づいただけなのに、私の心臓は小さく音をたてる。

「だ、大丈夫です」
「もしかして……緊張してる?」
「はい」

 素直に頷くと、佐伯さんはふっと笑って私の髪を撫でた。

「最初はしょうがないか。ゆっくり慣れればいいよ」
「……はい」

 もうその仕草は完全に恋人のもので、これが佐伯さんのプライベートモードなのか……と、心臓が飛び出すほどドキドキしてしまう。

「紅茶とコーヒー、どっちがいい?」

 佐伯さんは二本のアルミ缶を手に私を見ている。前もって飲み物を買っておいてくれたみたいだ。

「あ、じゃあ紅茶で」
「オッケー。はい、どうぞ」

 助手席側のドリンクホルダーに紅茶をさすと、彼はコーヒーのアルミ缶を開けて一口飲んだ。私もそれにならって紅茶をいただく。
 あたたかくてほんのり甘いミルクティが、喉を通って優しく胃に落ちていく。

(ふう……)
「じゃ、行こうか」

 佐伯さんは姿勢を一つ整えると、ゆっくりアクセルと踏んだ。
 車は滑るように走り出し、見慣れた景色が少しずつ流れていった。

***

 目的地は横浜で、そこまでのドライブと中華街での食事が今日のデートコースということになっている。
 まさにデートの王道と言えそうなコースだ。

(走り出したら、気持ちが落ち着いてきたな)

 もらった紅茶を飲んでいるうちに、心が次第に落ち着きを取り戻してくる。
 流れる風景も心を癒してくれ、少しずつワクワクしてくるのがわかる。

(こんな気持ちになるの、久しぶりだな)

 子どもみたいに窓に額を寄せて外を見ていると、佐伯さんが小さく笑ったのが聞こえた。

「どうしました?」

 振り返ると、彼はちらっと私を盗み見てまた笑う。

「いや、可愛いなと思って」
「っ」

 さらりと可愛いなどという表現をされると、どう返していいか分からない。
 圭吾も可愛いとは言ってくれていたけれど、それは決まって体を重ねる時だった。
 だからドライブ中に突然そんな風に言われるのはドキッとしてしまう。

「さ、佐伯さんも素敵……です」
「ありがとう」

 彼はふっと笑って嬉しそうに目を細めた。
 その優しげで色気ある横顔を見つめ、私はすでに知らない感覚に包まれていた。
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