極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「……なるほど。母親の話は嘘だな」
「っ、ち、違います! 嘘じゃ……」
「真面目で誠実な君が嘘をついてまで誤魔化した、『辞めたい理由』か……何だろうな」
 私の言い分をまるっと無視した城阪社長が、こちらをじっと見つめながら思考を巡らせ始める。私は背中に変な汗をかきながら、ここからどうにかしてはぐらかすことはできないかと視線を彷徨わせた。
 気分はまるで、自分の犯行を名探偵の推理ショーで暴かれる犯人だ。
「家族の話は違うだろう。単なる転職の話でもない……後ろめたいこと、だとすると……」
「……」
「……もしかして、子どもか」
「え……な、なんで、」
「その、手。無意識に腹部に触れたのは、そこに理由があるからだろう?」
 はっとして自身を見下ろすと、確かに私の手はお腹を守るように組まれていた。城阪社長に見透かすように見つめられ、その緊張から無意識にお腹を庇ってしまっていたらしい。ほんの少しだけ目元を緩めた城阪社長が「君は相変わらず嘘がつけないな」と息を零すように笑う。『それ』が真実であると、既に確信している言い方だった。
 確かに私は嘘をつくのが得意なほうではない。だからと言って、まさかこんなにもすぐに見抜かれてしまうなんて。焦りが胸の奥に蓄積し、じりじりと心臓を炙り始めるのを感じながら、私は唇を噛みしめる。これ以上失言したり、妙な態度を見せたりすれば、お腹の子どもの父親が城阪社長であると勘付かれてしまいそう、――――
「相手は……恋人、だよな。……君にそういう相手がいるとは知らなかった」
「……そう、ですね。言ってなかったので……」
 どきりと嫌な音を立てた心臓の上を強く握って、私は城阪社長から視線を逸らした。
 恋人がいることにすれば、きっと彼は自分の子だとは思わないだろう。
「その男と、結婚するのか」
「私、あの……一人で、産もうかと」
「そうか……不躾だったな。すまない」
 後悔で歪んだ私の表情が苦しんでいるように見えたのか、城阪社長が目を伏せた。
「しかし、子どもができたから辞めるというのも少し腑に落ちないな。うちの会社には産休制度もあるだろう。それを使うつもりはないのか?」
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