極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
「確かに、最近は早めに出るようにしていると言ってたな」
「そうですね。階段に時間がかかるのと、平日でもお昼時は少し電車が混むので……」
 私がハウスキーパーを辞めるべきだと考えた本当の理由は、『潮時だ』と感じたから。それも身体ではなく、心のほうが。
 景光さんの元でハウスキーパーを始めて、約半年。この半年で社長と秘書として接していたら見られなかった顔をたくさん見て、たくさん言葉を交わした。その分だけ育ちすぎてしまったのだ、――――私の醜い恋心が。
 『この子は景光さんの子なんです』だとか『責任を取ってください』だとか、そんなことを血迷って言い出す前に、彼を手に入れてしまいたくなる前に、景光さんから離れなければならない。この子のことが大切だからこそ、景光さんを思い通りに操るための道具になんてしたくなかった。『本当にこの子のことを思うなら父親がいたほうがいいのかもしれない』と考えたこともあるけれど、それは今の私がいくら考えても答えが出ることじゃない。だったら、今私が正しいと信じる行動を起こすべきだと、そう思ったのだ。
「……なるほど。君の言いたいことは分かった」
 私の説明を静かに聞いていた景光さんが、ふっと息をついてカップを傾ける。私が淹れた食後の紅茶を飲み干し、彼はこちらを真っ直ぐに見据えた。
「じゃあ……」
「だが、契約の期間はもう少し残っていただろう」
「はい。あと一ヶ月ぐらいですね」
「だからと言うと格好付かないが……君がよければ、住み込みでもう少しだけ続けてくれないか」
「え、」
 『住み込み』という四文字を一度では上手く咀嚼できず、何度か反芻して、それでもやっぱり理解し切れなくて、私は二度ほど彼に聞き返した。
「だから、住み込みだ」
「ここに住まわせていただくってこと、ですよね……?」
「駄目か? 君はもう何度かここに泊まってるだろう。一日の半分はここで過ごしてもらってることを考えたら、住み込みになってもあまり変わらないんじゃないか」
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