極上御曹司は懐妊秘書を娶りたい
 景光さんが言っていることは事実ではある。確かに一日の半分はこの家で過ごしているし、初めてこの家に泊まった日以来、三回ほど天候や体調を理由に泊まらせてもらうことがあった。
 でも、流石にたまに泊まらせてもらうのと住むのではだいぶ違うと思うのだけれど。
「本音を言えば最初からそうしたかったんだ。身重の君を電車に乗せるのは俺も心配だったから、いい機会だ」
「で、でも……やっぱりそれは、」
「もちろん、家事の内容も見直す。この日のために紗世から料理を習ったんだしな」
「えっ……料理を練習してたのって、そのためだったんですか!?」
 思わず声を上げると、景光さんが不思議そうに目を瞬く。その顔には『当たり前だろう』と書いてあって、私も一緒に呆けてしまった。妙に熱心に料理を覚えていた理由が、まさか私だったなんて、――――てっきり、私がいなくなったあとも同じレシピで料理が食べたいだとか、そんな理由だと思ったのに。
「こんなところまで、三手先も読まなくていいじゃないですか……」
「性分なんだ。諦めてくれ」
 ――――こうすれば、優しい君は断れないだろう。
 交渉事が得意で、相手方に条件を飲ませるのが上手い彼は、私が相手でも抜かりがないらしい。今回こそはきちんと自分の意見を通そうと思っていたのに、景光さんの言う通り、彼が練習してきた三ヶ月間のことを考えてしまうと、もう駄目だった。
 肺に溜まっていた空気を纏めて吐き出し、ちらりと景光さんを見上げる。事が上手く運んだとき特有の、少しだけ愉しげで余裕のある笑みに、きゅんと心臓が疼く感覚。
「それに、ここから出産までは何があるか分からない。急な体調の変化があったときに、対応できる人間が傍にいたほうが安心だろう?」
「それは確かに、そうですね……」
「じゃあ、住み込みでいいな」
 最後に駄目押しまで食らってしまった私には、もはや『白旗を挙げる』しかコマンドが用意されていなかった。
 どうして私は、こうも押しに弱いのだろう。
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