若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 わかっているよなと、不安そうに瑞生さんは言った。
 つい数十分前まで、お風呂もない壊れかけた木造のアパートにいた私にとって、今の現実がなかなか受け入れられなかった。

 ――しかも、住むなんて夢以上の夢。
 
「美桜。気を付けろよ。隣の部屋には直真がいる。俺がいない時は絶対に開けるな」
「瑞生様……。自分への信用がないようですが」
「前科持ちは黙ってろ」

 瑞生さんの低い声に、八木沢さんは悲しい顔をした。
 八木沢さんにあんな顔させることができるのは、瑞生さんだけだと思う。
 鍵を開けて、部屋の中に入る。
 部屋の中は入るとすっきりしていて、必要な物だけ置いてあるという感じで、趣味とか好きなものなどは、パッと見ただけではわからない。
 柄もなにもないシンプルな部屋には、白の螺旋階段があり、上はロフトになっている。
 そこは瑞生さんの書斎なのか、外国語の本が置いてあった。
 散らかっているのは、そこくらいで、後は使用していないのと同じ状態だ。
 
「美桜さんの部屋はこちらですよ。衣類と日用品はすべて入っていますから、お好きに使ってください」
「よくサイズがわかりましたね……」
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