若き社長は婚約者の姉を溺愛する
「直真はわかるのか?」

 八木沢さんは慈愛深い仏様のように微笑んだ。
 今だけはあの凶悪な八木沢さんが、善良に見えた。

「瑞生様は美桜さんにいてくれるだけで十分だと思っています。瑞生様の好意でされていることに遠慮されることはありません」
「遠慮? 遠慮していたのか。気にしなくていいぞ」

 ――善良ぶった顔に騙された。

 八木沢さんに期待した私がバカだった。
 私が言いたいことがなんなのかわかってるくせに、瑞生さんの味方をする。
 瑞生さんのやりたいようにさせるつもりらしく、私には我慢するよう目で圧をかけてきた。

 ――どれだけ、瑞生さんに甘いの!?

 けれど、私だって、ここは譲れない。
 ひとつ咳払いをして瑞生さんに、膝を寄せ、キラキラした目を向けた。

「瑞生さん。おにぎりを食べたくないですか?」 
「食べたい」
「ですよね! 私たちの思い出の一品、出会いのエピソード!」

 瑞生さんの手をぎゅっと握った。

「私、瑞生さんのために食事を作りたいんです! おにぎり好きですよね?」
「美桜の手作り……。それは好きだが……」
「美味しいですよ?」
「……まあ、美桜がいいなら、別にいいか」

 やっと瑞生さんが納得してくれた。
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