若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 励ましたけれど、しばらく戻れそうにないのか、八木沢さんは沈んでいた。

「その上、瑞生様が結婚したからと、ジジイが調子に乗って見合いの写真を送りつけてきやがる……」

 黒いオーラがにじみ出し、瑞生さんがフォローした。

「ああみえて、直真を心配しているんだろう」
「心配? ありえませんね。ただの嫌がらせですよ」
「俺も直真には、幸せになって穏やかに暮らしてほしいと願っているからな?」
「出向している間は、絶対幸せにはなれないんじゃないですかね」

 ネガティブな八木沢さんほど、たちの悪いものはないと知った。

「でも、沖重の社員の幸せは守られましたから!」
「犠牲の上にね」

 八木沢さんはさりげなく付け加えた。

「本当にありがとうございました。八木沢さんという犠牲がありましたけど、父たちも生活していけそうですし、私もこれで安心しました」 
「そうか。美桜の幸せが俺の幸せだ。美桜が幸せなら、それでいい」
「幸せですよ」 
 
 八木沢さんはそれなら仕方ないですねと。小さく呟いた。
 
「直真。沖重を頼むぞ」
「お任せください」

 瑞生さんに答えた八木沢さんは、もういつもの八木沢さんに戻っていた。
 
「もしかしたら、八木沢さんに新しい出会いがあるかもしれませんよ」

 八木沢さんは私の言葉に曖昧な笑みで返し、否定はしなかったけれど、あの顔は少し前の私の顔と同じ。

『そんな日は来ない』

 ――そう思っていた。
 でも、私が瑞生さんと出会えたように、八木沢さんにも自分を変える出会いがあることを祈っている。
 その願いを込め、私はチョコレートをひとつ、八木沢さんの皿にのせたのだった。
 
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