若き社長は婚約者の姉を溺愛する
 私に尋ねるその顔は、真面目なものだった。

「眼鏡があると安心するんです。眼鏡を通して見る世界は、私に関係ない夢の世界だと思って生きてきました」

 継母の嫉妬心と憎悪から、作られた孤独な世界。
 私が幸せになることは許されなかった。
 そんな私が平穏に暮らすためには、彼らと私を隔てる壁が必要だった。

「なるほどな」

 社長の指が、私の眼鏡を外した。

「ちゃんと返す」

 彼の顔がしっかり見えた。
 至近距離で目を合わせたら、眼鏡を奪われても拒めなかった。
 そのまま、私たちは二度目のキスをする。
 最初のキスとは違う。傷を埋める優しく穏やかなキス。

「これは現実だ」

 私の顔に指が触れ、新しい眼鏡をかけてくれた。
 ひび割れてない眼鏡から見える世界は、同じ風景のはずなのに綺麗に見えた。

「こっちを使えよ」

 触れた部分が温かく、泣いてしまいそうになる。
 
 ――危ないのはあなたです。

 そう言いたかったけれど、涙を堪えるのに必死で、なにも言えずに、小さい声でお礼を言えただけだった。
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