桔梗の花咲く庭

第7話

晋太郎さんが水をやっているのを見かけた。

力仕事は頼みなさいと言われたけど、自分でやらないと意味の無いような気がする。

あの人はお義父さまの部屋で、囲碁を始めたばかりだ。

どうせなら気づかれないうちに、こっそりとやってしまいたい。

土間へ戻る。

手桶とひしゃくを見つけると、井戸へ走った。

桶にいっぱいになるまで水を汲み、庭へ戻る。

ひしゃくでそれをまくと、あっという間に水はなくなった。

もう一往復、あともう一回。

一度にまける水の量はわずかだ。

これで終わりにしよう、これで最後だを何度も繰り返し、庭の八割までまけた。

せめてもう一回だけ……。

なみなみと汲んだ桶から、歩くたびに水がこぼれ落ちていた。

そこに出来たぬかるみに気づかず、ふっと足を滑らせる。

「きゃあ!」

転んだ勢いで尻餅をついた。

悲鳴を聞きつけた奉公人たちが飛び出してくる。

「志乃さま、大丈夫ですか!」

助け起こされた小袖は泥だらけで、ひねった足には痛みが走る。

騒ぎを聞きつけやって来た晋太郎さんは、すっかり呆れた顔で見下ろした。

「何事です」

泥だらけになった私を見て、ため息をついた。

「まさか庭に水やりを?」

「自分で……、やりたかったのです」

「水やりをですか?」

またため息をつかれた。

「つい二、三日前にも、雨は降ったばかりですよ。そんな必要はありません」

「ですが私は!」

立ち去ろうとしたその人は、振り返った。

「なんですか?」

「……何でもありません」

奉公人に助け起こされ、運ばれる。

足を引きずっているのを見られ、お義母さまにまで「今日は一日休んでいなさい」と言われてしまった。

泥のついた小袖は洗濯するからと、身ぐるみまではがされ、襦袢だけにされてしまう。

雨が降っていたかなんていちいち覚えてないし、ましてや庭の水やりだなんて、今まで一度もやったことはない。

実は料理だって裁縫だって掃除だって、嫁入り前にはほとんど手伝ってこなかった。

何もかも好き好んでやりたいフリしてやってるわけじゃないのに……。
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