京都、嵐山旅館の若旦那は記憶喪失彼女を溺愛したい。
ここまでの電車賃だって持ってもらっているので申し訳無さを感じるが、素直に受け取って口に含んだ。


昼間三宮で食べたパフェよりも濃厚な味が口に広がっていく。


抹茶部分は少し苦味を残しているのでチョコレートとの相性がバツグンだ。


「そこで食べていてください。ちょっとお手洗いに行ってきます」


「はい」


駐車場には沢山の車が止まっていて、今日カレンダー上でも休日であることを思い出した。


接客業は土日祝日こそかき入れ時で休めないので、日付感覚がなくなってしまうのだ。


そんな中遊びに出てしまって大丈夫だったのだろうかと不安になったそのときだった。


「春菜?」


後ろからそう声をかけられて振り向くと、そこには見知らぬ男が立っていた。


身長は純一と同じくらい高くて、ガッチリとした体格だ。


この人が着物を着たらどんな風になるだろうと、余計なことを考えてしまうのはもはや職業病だ。


「どなたですか?」


「は? 何言ってんだよ」


男が春菜の言葉に眉間に深いシワを寄せた。


「別れたからってその言い方はないだろう?」


別れた?


ということは、自分はこの人と付き合っていたんだろうか?


思い出そうとした途端強い頭痛を感じてその場にうずくまってしまう。


ソフトクリームが解け始めてコンクリートに滴り落ちていく。
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