追放されたハズレ聖女はチートな魔導具職人でした
プロローグ 遠き場所の一場面
「ありがとうございましたー」
手芸品販売店の自動ドアを抜けると、蒸し暑い空気に包まれる。
出掛ける前は、少し肌寒いかもしれないと不安になった薄手の服装も、こんな天気ならばちょうど良かったと思えた。
久しぶりの休暇を汗だくになって過ごすのは、あまりにももったいない。
「いい天気だし、洗濯物もすぐ乾きそう」
貯まっていた洗濯物を片付け、ずっと行きたいと思っていた手芸品店に出向いたのは午前中。店の中で正午は過ぎてしまい、午後となった街中には多くの人出があった。
家族連れや友人同士のグループ、ひとりで歩いている若者もいれば、恋人同士らしい二人連れも散見され、各々に週末を楽しんでいることがわかった。
「うーん、部屋で細工の続きやろうと思ったけど、もう少し見て回ろうかな……」
学校を卒業してからもう五年になる。仕事でもそれなりに責任を持たされ、日々のストレスと無縁とはとても言えない。
それを解消するものとして、手作りの細工を作ることを趣味としていたが、目的だった材料はもう買ってしまった。
あとは家に戻って一人静かに机に向かうのみだが、周囲の楽しげな様子にその予定が揺らぎつつある。
「でも、未完成で放り出したの、結構あるしなぁ」
針金細工やシルバークレイなど、興味のあるものには色々手を出してきた。
そのせいで部屋の一角はごちゃごちゃとした未完成品の山に占領されており、毎日それを目にするのは辛い。
「――よし、今日は帰って色々完成させちゃおう。もう材料も全部揃ったし!」
両手を握り締め、自分に気合を入れる。
すると立ち止まった赤い信号の横断歩道で、目の前をスイーツのラッピングをしたバスが通り過ぎて別の欲求がムクムクと湧き上がってくるが、一瞬目を奪われるだけで持ち堪えた。
「あ、美味しそう……はっ!? ダメダメ! 今日はもう帰るの!」
良くやったと自分を褒めたい。
直後、青信号へと変わった歩行者用の信号機。
ここで一歩を踏み出せば、甘いものへの欲求は完全に断ち切れるだろう。
「さーて、急いで帰ろうっと」
自分に言い聞かせ、他の歩行者と共に横断歩道を渡り始める。
一歩。
二歩。
三歩。
白いラインを踏んで、前に進む。