白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

32. 許されざる恋路の果てに

 自分の出生にまつわる事実を知ったのは、十歳の頃だ。




「クロード、今から君に聞かせる話は、まだ幼い君には受け入れがたいことかもしれない。知らずに一生を終えられるのであれば、そうさせてあげたかった。けれど、そうも行かない話でね。――今すぐでなくてもいい。それでもいつか、マチルダのことを許してあげてくれたらと思う」

 わずか十歳のクロード相手にひどく真摯な目を向け、許しを乞うような父の表情と言葉は今もよく、覚えている。



 マチルダとはかつて、屋敷の離れに住んでいた叔母の名だ。

 彼女は身体が弱く療養生活の最中だった。しかし幼いクロードが会いに行くと、いつも笑顔で迎えてくれた。もちろん体調が悪い時はその限りではなかったが、優しい叔母だという認識はクロードの中で何ら揺らぐことはなかった。


 しかし、今はもう離れにはいない。

 クロードが四歳になった冬のある日、二十二歳という若さで亡くなった。

「マチルダは、君が生まれる少し前に大きな病を患ったことで婚約を解消したという話は知っているね?」

 父の問いかけにクロードは深く頷いた。


 一度だけ、マチルダがクロードの前で涙を見せたことがある。

 病床につきながらも明るく優しい叔母の弱々しい姿は、忘れようにも忘れられない記憶だ。

『自分勝手な行動で婚約を解消させてしまった私は、自らグランハイム家を出て贖罪の為に努めなければいけない身なのよ』

 そう言ってマチルダは、だけど……とクロードの頬を両手で包み込む。


 温かな手の感触に何故かクロードも泣きそうになった。

 理由は分からない。

 ただ子供心に胸が軋んで苦しかった。


 何を話せば良いのか分からないまま夕方になり屋敷に戻る時、マチルダは「ごめんね」と、ただ一言だけ謝罪した。


 それは幼いクロード相手に場の空気を重くしてしまったからか、あるいは他に理由があるのか。聞けずにいたクロードはその日を境に漠然と思うことがある。


 ――もしかしたら、マチルダは。

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