白詰草は一途に恋を秘め、朝露に濡れる

16. 静かな眠りの果ての悪夢

「向こうに着いたら手紙をおくれ」

「身体を冷やさないようにするのよ」

「休みの日に遊びに行くからね」

 一週間にも満たない日々は準備に追われたこともあって、あっという間に過ぎ去って行った。支度自体はアイリにほとんどを任せてはいたものの、時が経つにつれて新しい生活がはじまる、はじめなければいけないのだと気持ちに整理をつけるのに必死だった為だ。


 王都を離れることは家族とダヴィッド、ラウレンディス侯爵夫妻にだけ話した。

 色々と気にかけてくれていたダヴィッドには、週末に経つとの手紙を月曜日の午前中に送っていたし、昨日改めて事情の説明をする為に家へと足を運んだ。急な話ではあったけれどダヴィッドは何も言わず、それどころかたまに顔を見せてくれるという。


 後で問題になるのを避ける為、二度と王都には戻らないかもしれないこともちゃんと打ち明けた。

 婚約はあくまでもクロードからの手紙一つで頼まれただけだ。だからロゼリエッタの身勝手な行動を理由に、解消となっても仕方ないと思っていた。けれどダヴィッドは、いずれ自分も移り住めば良いだけだと笑った。

 やはり家を継ぐつもりは全くないらしい。ラウレンディス侯爵夫妻が複雑そうな顔でお互いを見合わせたことに関しては申し訳なさが募った。

「行って来ます」

 精一杯明るい声で告げ、アイリと一緒に馬車に乗る。不思議と涙は出なかった。笑顔で窓を開け、家族に向けてそっと手を振る。視線を上げれば、屋敷で働く人々の姿も離れた場所にたくさん見えた。見送りに出て来てくれているようだ。

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