40歳88キロの私が、クールな天才医師と最高の溺愛家族を作るまで
話は、ほんの1時間ほど前。

「……すみません……いつまで手を……」

タワマンのエントランスに再び戻ってきたタイミングで、私は氷室さんに声をかけた。
氷室さんは、今気が付いたらしく

「申し訳ありません」

と、すぐに私の手を解放した。

「いっ、いいえ……それは良いんです……」

そんなことは、問題ではない。

「何で私……会場から連れ出されたんでしょうか?」
「あなたこそ、何故あんな場所にいたんですか?」
「……はい?」
「私は、ここで休んでから家に帰るようにと、あなたにお伝えしたはずですが?」
「それは言われましたけど……」

あの後すぐ佐野さんに捕まったのだから、仕方がない。
ちなみに、この時もらった飲み物は、まだ飲んでいない。

「いいですか?あなたは今、熱中症、それも中等度の一歩手前なんですよ」
「中等度……?」
「病院搬送の一歩手前、ということです」
「そんなに悪い状態なんですか?」
「めまいと顔のほてり、体のだるさにお心あたりは?」
「え?」

確かにさっき、めまいはあった。
しかしそれは、佐野さんからの精神的プレッシャーのせいだと思っていた。

「さらに、あなたの汗のかき方」
「あ、汗ですか?」

汗をかくことは、いつものこと。
ただ、いつまで経っても汗引かないなー……くらいには思ってはいたが。

「さっきからあなたは、顔の汗をひっきりなしに拭いているが、その汗が引く様子はない。以上のことから、あなたが、熱中症の中等度一歩手前の軽度状態であると推察いたしました」
「それで、私を連れ出した……と?」
「あのままだと、救急車を呼ばなくてはいけない状態になるところでした」

(それでか。いきなり顔を触ってきたのは)

「そうだったんですね。ありがとうございました」

私は、深々と頭を下げた。

「そうしましたら……」

私は、氷室さんに貰った飲み物を見せながら

「これを飲んで、少し休んだら会場に戻ることにします。氷室さんは先に戻ってください」

と、婚活会場に戻ることを促した。
でなければ、佐野さんに後々自分が何をされるか、分からない。

(あ、そうだ……)

私は、急いで財布を取り出した。

「私の汗でスーツを汚した分と飲み物代をお支払いします」
「結構です」
「そうは参りません。しっかりお支払いさせてください」

私は急いで1万円を取り出し、氷室さんに渡そうとした、まさにその時。

「森山さーん!!!」

(げっ……!!)

エレベーターホールの方から、明らかに怒りが滲み出ている佐野さんの甲高い声が聞こえてくる。

(まずい、この人を早く婚活会場に戻さないと……)

「あ、あのぉ……私の……友達……?が、すっごい美人なんですけど、その……氷室さんのこと……すごく気になるって言ってて……だから会場に戻っていただければと……とても良いことが起こると思います……!」

(説明下手か……!)

「森山さん!?いるの!?いないの!?返事しなさい!!!」

(やっべ、超機嫌悪い……)

氷室さんと佐野さんが、せめて連絡先でも交換してくれたら、一気に佐野さんのご機嫌が取れるかもしれない。
1万円を、無理矢理氷室さんの手に握らせながら

「どうか、お戻りを!」

……口調が荒くなってしまったのは、発した後で気づいてしまったが、もう今更後には引けなかった。
ところが。

「戻るつもりはありません」
「へ?」
「このまま帰ります」
「は!?あの!ちょっと待って!」
「あと、この1万円はいただけません」

氷室さんは、私のバッグに1万円を入れた。

「それでは、お大事に」

(え?やだ、どうしよう……!!)

私は、氷室さんのスーツの裾をがっちり掴んだ。

「お礼は、何としてもさせていただきます!お好きなもの、奢りますから!もう少しお時間を……!」

(私の、明日からの平穏のために……!!!)
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