地下一階の小宇宙〜店主(仮)と厄介な人達
ゴローさんが帰った後、一通り片付けると時間は5時半に差し掛かろうとしていた。

今日は月曜だ。

そろそろ珈琲豆の配達に来る頃ではないか。
もう店仕舞をして、今日の残りのカレーを昼夕兼用の賄いにしてしまおうか、6時までとりあえず店仕舞を待とうか迷っていると、ドアベルを鳴らして扉が開いた。

「あ、いい所に来た」

今日の配達も海星だ。

いつもの紙袋をカウンターの上に置く。

「お母さん一週間くらいで退院って聞いてたから、今日は海星君が来るか、こうじさんが来るかどっちかなと思ってたんだ」

「俺で悪かったな」

海星がパンツのポケットに手を突っ込みながら答える。

「ううん、 嬉しい。 
良かった海星君が来てくれて 」

そのまま3秒ほど固まった様に見えたのは見間違いでは無いだろう。

言った本人は何にも考えていない様で、さっさと紙袋の中を確認し、片付け始めている。

するとおもむろに佳乃がカウンターの中から片手をテーブルの上に置き、開いた。

ちょうど、恋人に向けて手を繋ごうと強請るような格好だ。

「 は… 」

固まりから溶け始めていた海星が、再び固まった。

佳乃はそんな海星を見上げながら、不思議そうに頭をコテンと傾けた。

海星の喉がグッと音を立てたのも、聞き間違いでは無い…。

「…な… オマエ 何を…」

「伝票。   サインするから。」


すぅーっと海星の目が細められたかと思うと、辺り一体の空気が10度近く下がったかの様な冷気を放つ。

気分一つでこんなにも空気を変えられるというのも、なかなかのスキルの持ち主である。

「  え… なに? どしたの?」

バンっとカウンターに伝票を叩き付け、海星の顔がぐいと近付いた。

「 ど う ぞ?!」

佳乃からしたら、
"なぜか突然機嫌が悪くなった若者" くらいにしか映っておらず、

ーーー年頃かなぁ…

と、小首をかしげるくらいでこの話は終わった。

「あのね、先週試食してもらおうと思ってたメニューが出来たの。 この前は食べられなかったから、良かったら食べてみて欲しくて 」

海星はまだ若干冷気をまとっていたが、ぶっきらぼうではあるものの、割と素直にうなずいた。

「あとね、 聞いて欲しい事もあったんだ 」
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