愛してしまったので離婚してください
少し体の向きを変えて雅の顔を見ると、切なく辛そうな表情をしていた。
「今まで俺の手から零れ落ちていった命はたくさんある。でも、それ以上にたくさんの命を救えたと思ってる。俺は持って生まれた才能なんてなくて、劣等感さえ感じながら、才能に恵まれなかった分、自分は経験で稼ぐしかないんだっておもって必死にやってきた。悔しい思いの分、劣等感を拭えない分、必死で打ち込んできた。自分の手に技術をつけること、自分の頭に知識をたたきこむこと。俺なりに今までの人生をかけてやってきたんだ」
「うん」
私もその努力の大きさを知っている。そのためにいろいろなものを犠牲にしながら打ち込んできたことも知っている。

「今までの人生で、一番守りたい命なんだ。今までの医者としての時間の中で一番・・・大切な命なんだ。命に優先順位なんてつけられないとか、患者の命だって同じ命だとか、きれいごとで考えようとしたけど、やっぱり無理だ。俺だって人間だ。」
雅の言葉が素直にうれしい。

「助けたい。守りたい。成功させたい。何年後かに、こんなこともあったねって、晶とこの子と一緒に笑いあいたい。乗り越えたいんだ。」
雅の表情に迷いはもう見えない。
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