探偵日記

第11話『 1枚のフォトグラフ 』2、お前は誰だ?

 1軒の民家脇に、葉山は車を停めた。

 生垣に囲まれた門柱には、『 佐伯 』の表札が掛かっている。 木製の格子戸の向こうには、磨りガラスのはまった玄関が見え、小振りながらも、よく手入れされた松が植わっていた。
 葉山は、鞄の中から小型の電波受信機を取り出した。 電源を入れ、家屋の方へ向ける。
「 …… 」
 受信機のメーターが振れている。
( やはり… か )
 葉山は、ダッシュボードの中からメモ用紙を取り出すと、ボールペンで走り書きをした。 それを受信機と共に持ち、車から降りる。 受信機のアンテナの方向を左右に振り、感度の確認をしながら、呼び鈴を押した。
「 はい。 只今、参ります 」
 磨りガラス戸の向こう側で婦人の声がし、やがて戸が開かれた。
「 どちら様で… あ、葉… 」
 葉山は、名前を言おうとした婦人を制し、メモを見せた。

『 盗聴器が仕掛けられています。 声を出さないで下さい 』

 メモを読んだ婦人の表情が強張った。 口に手を当て、驚いている。
 葉山は、片手で会釈をし、受信機のイヤホンを耳に付けると玄関を閉め、室内に入った。
 新たなメモ用紙に、ペンを走らせる葉山。
『 ご心配なく。 落ち着いて下さい。 じきに発見致します 』
 メモを読み、無言で頷いた婦人は、玄関脇の電話台の横に置いてあるイスに腰をかけた。

 玄関横にある六畳ほどの洋間…… 応接室のようだが、受信機の針は、その部屋から違法電波が発信されている事を示していた。
 応接室に入る葉山。
 天井、壁、床… あらゆる方向にアンテナを向け、感度を調べる。
 幾つかのフォトスタンドが並べてある木製のラックがあった。 その辺りからの反応が、一番強い。

 …半径1メートル圏内に、盗聴器がある…!

 葉山は受信機の電源を切り、イヤホンを外すと、ラックの裏や側面を慎重に探索した。
「 …… 」
 最下部の棚の裏側に入れた葉山の手に、何かが触れた。
 婦人の方を見やる、葉山。 そっと出した手には、100円ライターくらいの大きさの、黒い物体があった。 婦人の表情が、再び強張る。
 黒い物体の小さな電源スイッチをオフにすると、葉山は言った。
「 もう大丈夫ですよ。 電源は切りました。 やはり、ありましたね…! 」
 イスから立ち上がり、葉山の方へ来ると婦人は言った。
「 それが… 盗聴器なんですか……? 」
「 ええ。 電池式のヤツです。 ま、オモチャみたいな性能ですけどね。 電波が届くのは、数十メートルくらいでしょう 」
 スライド式の裏蓋を開け、中から電池を取り出す葉山。
「 単6が、2つか… 佐伯さん、すみませんが、輪ゴムありますか? それとハサミを 」
 婦人が、奥の部屋から輪ゴムとハサミを持って来て言った。
「 どうして、そんなものがウチに…! 」
 輪ゴムを、ハサミで小さく切りながら、葉山は答えた。
「 娘さんの再婚話を、気に入らない者がいるみたいですね。 私の携帯に、今回の調査の打ち切りを強迫指示して来た者がいました 」
「 そんな… え? では… その電話を掛けて来た者が、それを仕掛けたと…? 」
 小さく切ったゴムを電池の間に挟み、ハサミの先で電池の表面に、小さな切り傷を付ける。 携帯を出し、カメラでそれを撮影した。 裏蓋を戻しながら葉山は答える。
「 多分、そうなりますね。 犯人は、この家に出入りしています。 もしくは、出入り出来る者…となりますが、心当たりは? 」
 しばらく考えながら、婦人は言った。
「 娘の友人が数人… 高校や大学時代の同級生たちですが、時々やって来て出入りしています。 でも、あの子達がこんな事をするなんて… とても考えられません。 皆、良い子たちですよ? 」
 葉山は、ラックの上にあった幾つかのフォトスタンドに気付き、その内の1つを手に取り、言った。
「 この写真に写っている人たちは? 」
 どこか、校庭らしき広場をバックに、数人の青年たちが写っている。
 婦人は、写真を確認し、答えた。
「 高校時代のクラスメートたちです。 真ん中に立っているのが娘です 」
 他のフォトスタンドの写真を見比べる葉山。
 …どの写真にも、幾分、髪型が変わった娘さんの姿を確認する事が出来た。 一緒に写っている者たちは、それぞれの写真で違う。 高校時代、大学時代… 社会人になってから撮影したと思われるスナップもあった。
 手にしていたフォトスタンドの写真を、再び見つめながら、葉山は言った。
「 盗聴器は、両面テープで貼り付けられていました。 事前に、セットする場所は決めていたようですね。 この家の、内部見取りを知っていると言う事です。 …とすれば、この部屋に何度も訪れている者… となりますね 」
「 …… 」
 無言の婦人。 表情は、強張ったままである。
 葉山はフォトスタンドを戻すと、盗聴器を婦人に見せながら言った。
「 この盗聴器は、元の位置に戻しておきましょう。 スイッチは入っていますが、電流を遮断しておいたので、電波は発信されていません。 犯人は、電池が切れたと思う事でしょう 」
 葉山の『 作戦 』は、婦人には読めたらしい。
「 犯人は、近々、電池を交換に来る……! そう言う事ですね? 」
「 そうです。 誰か、この家に上がる者がいましたら、その者が帰った直後に、すぐに連絡を下さい。 ただし、その時は電波が発信されている可能性が大です。 この上部にある小さなスイッチが電源ですので、これを切ってからお電話をして来て下さい 」
 葉山が手にしている盗聴器をのぞき込みながら、婦人は答えた。
「 分かりました。 でも… 盗聴器だなんて……! 」
 婦人には、ショックだった事だろう。
 盗聴器など、映画やドラマなどにしか登場しない『 特殊任務 』を帯びた者たちが使用する機器、というイメージを抱いている人たちが大半だと思われる。 実際には、安価な盗聴器が数多く出回っており、面白半分に仕掛ける輩は、意外に多い。 盗聴発見の案件も、結構に多いのが実情なのである。

 …ただ、TV等で特集している盗聴発見の映像には疑問がある。
 今、葉山が使用していた電波受信機はデジタル式の最新型だ。 小型軽量の上に、感度が良い。
 ところがTVの画像を見るに、屋外TV用のような大きなヤギアンテナに、肩掛けの大型受信機は、あまりに不自然だ。 デジタル全盛の時代に、何故か、アナログなのである……
 素人目には、大きな機材は『 それなり 』のイメージを受けるかもしれないが、現場最前線で実務に勤しむ者にとって、使用する機材は小型高性能の方が良いに決まっている。 『 やらせ 』の感が、否めない……

 葉山は、盗聴器を再び、ラックの下にセットしながら言った。
「 盗聴発見については、今回の案件の中での作業とし、別途請求は致しませんからご安心を。 それと明日、対象者である杉田 浩二氏に関する情報の聞き込みに参ります 」
 婦人は、申し訳無さそうにお辞儀をすると言った。
「 何か… お手間を取らせるような事になってしまい、大変に心苦しく思いますが、宜しくお願い致します 」

 穏やかに晴れた日和に、ひとときの安らぎを覚える。
 新しく造られたばかりと思える道路… 緩やかな坂道となって丘を登っている。
 黒いアスファルトに引かれた真新しい白線……

 葉山の車は、区画整理が終わったばかりの空き地の目立つ丘陵地を、ゆっくりと登って行った。
 所々の区画に、築年数の経った民家が建っており、建設中の新築家屋も数棟見える。 幾つかの小さな交差点を通過し、比較的に古い築の民家塀の角を右折した。

( この案件は、単なる身上調査で終わりそうにないな… )

 先日、依頼者の自宅応接室から出て来た盗聴器……
 せめて、盗聴器を設置した可能性のある犯人像だけでも調べ、依頼人の婦人には伝えておきたいものである。 犯人の割り出しまで出来れば、一番良いのだが……

 対象者の、杉田氏の実家へ車で向かうすがら、葉山はこの案件の収拾を考えていた。
( 盗聴器を仕掛けるようなヤツは、かなりの執念を持っていると見て間違いないだろう。 それは依頼者の娘さんへ向けてのものなのか、対象者に対してなのか… )

 思案のしどころ、である。

 葉山の携帯が鳴った。 路肩に車を止め、電話に出る。
「 はい、葉山探偵社です 」
『 調査の進み具合はどうだ? 』

 …ヤツだ…!

 葉山は答えた。
「 キミか。 …なあ、こんな事をして楽しいかい? 」
『 うるさい! お前は、黙ってオレの言う事を聞いてりゃいいんだ 』
「 逆らったら、どうなるってんだい? 」
『 やかましいっ! いちいち、オレに聞くんじゃねえよ! いいか、くれぐれも報告書には、何も書くなよ? オレは、いつもお前を監視してんだからな! 』
「 へええ~、そうなの 」
 男は、自慢げに言った。
『 今、港近くにいるだろう? オレには、分かるんだ 』
 笑いを押し殺し、葉山は答えた。
「 へええ~、凄いなぁ~、じゃあね 」
 いきなり、携帯を切る葉山。 今度は、電源も落とした。
 タバコを取り出し、火をつける。

( 杉田氏と、佐伯の娘さんとの再婚話しを阻止したいヤツ… 一体、誰だ? )

 誘導会話で日時を指定し、事務所に電話を掛けてこさせれば、逆探で居場所を探れる。 更には携帯電話からだったら、使用者の名前も住所も判明する。
 …だが、そこまでやったら当然、別途請求しなくては割が合わない。 ボランティアで出来る範囲、と言うものが、調査業務には存在するのだ。 葉山お得意のデータ調査だけならば問題は無いのだが、逆探知やNTT絡みとなれば、他のブレーンを使わなくてはならない。 当然、費用の掛かる話しとなる。

( 尾行していたらしい車のナンバーから、ある程度の情報は得られるだろうが、盗難車の可能性もある。 知人から借りた車かもしれないし… )
 まあ、ナンバーの割り出しで、いくらかの情報は得られるだろう。 車の所有者、運転していた者の名前・住所・連絡先…etc
( その結果が出るまで、まだ日数は掛かるが、いずれ判明させて追い詰めてやる。 盗聴器のトラップに、引っ掛かる事を祈るか… )
 タバコを口にくわえ、葉山はハンドルを切りながら車を発信させた。 杉田氏が離婚前に住んでいた家は、この先だ。
( やはり、知人を装った方が無難だな )
 葉山は、自身の『 設定 』を考えながら、車を走らせた。
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