社長はお隣の幼馴染を溺愛している
 ――ま、まさかっ! もう約束を破るつもり?
 
 戦うポーズで身構えると、要人は私を無視し、男子社員たちの前に立つ。
 机の上に手をのせ、要人は挑発するかのように、高身長を生かし、男子社員たちを見下ろした。

「営業部まで案内してもらえるか?」

 要人の低い声が、重く響いた。
 
 ――なにこの凄味。普通にお願いできないの?

 そう言いたかったけど、ぐっとこらえた。
 ここで、なにか言おうものなら、私の手堅い人生設計と平穏な日々が消えてしまう。

「は、はい」
「こちらです」

 怯む社員達の中で、湯瀬さんだけが前に出て対応する。
 
「俺が案内します。どうぞ。仁礼木社長」

 さすが営業の仕事をしているだけあって、いろんな人間の扱い方を心得ているようだ。
 湯瀬さんは挑むように、要人と対峙している。
 でも、他の営業部の男子社員たちは、慌てふためき経理課から出ていった。
 要人はそれを冷ややかに眺め、まだ私の机に手をのせている。
 そして、ちらりと横目で私を見て、要人は小さい声で言った。

「志茉。バカみたいな顔をしてたぞ」

 ――そして、離れる。

「誰が馬鹿面よっ!」

 イラッとしながら、湯瀬さんを連れ、去っていく要人の背中を睨みつけたのだった。
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