社長はお隣の幼馴染を溺愛している
志茉(しま)、なにしてるんだ?」
「か、要人! いつの間に!?」

 気配すらなく、足音もしなかった。
 ドアを閉め、要人は私に近寄ると、手に持っていた書類を奪い取る。

「エレベーター前にいたから、驚かせるつもりで、そっと近寄ってみた」
「普通に声をかけなさいよ!」
「普通に話しかけたら、逃げるだろ?」

 逃げるというか、廊下の床に書類を置いて、囮にし、ダッシュでその場から立ち去ったと思う。

「頼まれて、書類を届けにきただけだから」
「頼まれて? なにかあったのか?」
「要人は知ってると思うけど、今日から、扇田工業のお嬢様が、社会勉強で働いているの。それで、ちょっと混乱してるのよ」
「そういえば、今日から来てるな」

 秘書課にいるんだから、要人も挨拶くらいしたはずだ。
 今日から扇田工業のお嬢様が会社に来ると、教えてくれてもよかったのに、要人はなにも教えてくれなかった。
 そのことが、胸の奥に引っ掛かっていて、さっと要人から目を逸らした。

「だから、私も予定外の仕事を振られて忙しいの! じゃあね、要人」
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