純愛
その後ろ姿を追って、俺も図書室に入る。
本の貸し出しを行うカウンター内に図書委員の先輩と司書教諭が居て、そのカウンターの外側にカンナが立っている。

何か話をしているようだったから、俺はカンナに声をかけるのをやめて、図書室を出てすぐの廊下で待つことにした。
カンナが図書委員の先輩に何かを差し出しているのが見えた。一冊の、ボロボロになった本に見えた。その二人の様子を、司書教諭が厳しい表情で見ている様に見えた。

何が起こったんだろう。どうしてカンナはあんなにボロボロの本を持っているんだろう。
落ち着かなくて何度か図書室を覗いてみる。何人か行き交う生徒に、カンナの後ろ姿が見え隠れする。会話なんてもちろん聞こえない。

五分くらい待ったところで、カンナが図書室から出てきた。

「カンナ。」

呼び止めた俺の声に、俯き加減だったカンナはパッと顔を上げた。

「びっくりした…。」

「ごめん。驚かせて。」

カンナは声を出さずに、ううん、と首だけ横に振った。

手には、あの本を持っている。やっぱりボロボロだった。見間違いであって欲しかったけれど。

「どうしたの。それ。」

カンナは口をつぐんだまま、何も答えない。そんなカンナの手を引いて、廊下を進んで、右に曲がる。視聴覚室の隣の、空き教室に入った。特に使われていない教室だから、施錠されていないことを、ほとんどの生徒は知っている。

「透華くん、痛いよ。」

カンナに言われて、パッと掴んでいたカンナの手首を離した。

「ごめん。強く引っ張りすぎたよな。」

「ううん。大丈夫。」

一瞬、沈黙がやってきて、少しだけ気まずい雰囲気になる。でも俺は黙っていられなかった。

「カンナ。それ、どうしたの。また…?」

嫌がらせ、ということを察したカンナは、一度俺の目を見てからすぐに逸らして、小さくコクン、と頷いた。

「何で…。」

「朝…、透華くん達と別れた後、続きを読もうと思って。昨日、夜に読みたかったんだけど、机の中に入れたまま忘れて帰っちゃったから…。そしたらこんな…。」

そう言ったままカンナは何も言わなかった。

カンナの手に握られた本は、表紙をカッターか何かで切り裂いたみたいにズタズタで、中のページもほとんどが破かれ、ボロボロにされている。
グチャグチャになったページは一枚のペラペラの紙よりも厚みを増していて、もう綺麗には閉じれない。

「酷いな…。」

あまりにも酷いやり口に、言葉が出ない。カンナに何も言ってあげられない歯痒さが苛立ちへと変わる。
もし本に向けられたこの感情が、次はカンナに向けられたら?「本で済んで良かった」とも決して思えない。カンナだけじゃない。本を愛した人、作者、図書委員、司書教諭、本自身も…どれだけの人を傷つけたか。

ズタズタに切り裂かれた表紙には、かろうじてカンナの好きな童話の表紙絵が見て取れる。

「貸して。」

カンナの手から本を取って、綺麗に捲れなくなったページをバラバラに捲る。
二八九ページ。破かれていない、綺麗なページ。挿絵の少女の顔の上。あの、赤。
羽、花びら、赤いリボン。朱肉の様な、血の様な…。
あの赤が指でなぞったみたいな曲線で、歪んだ丸みたいに、少女の顔の上に落ちている。
ゾッとした。

「それ…。」

カンナも気づいて覗き込んできた。俺は本を閉じて、「俺が預かっておくよ。」と言った。これ以上、カンナには見せたくなかった。
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