純愛
二歩、つばきが俺から離れる。風が吹いて長く黒い髪がなびく。
それよりも、風でふわっと舞ったスカートの裾から見えた右の太もも。そこに貼ってある絆創膏が目に焼き付いた。右手の小指に巻かれた、カンナがいつもくれるあの絆創膏と同じ。

「足、どうした?」

「え?」

「絆創膏。そんなとこ、どうやって怪我するんだよ。」

「ヤダなぁ。とーか君ってデリカシーなぁい。女の子のそういうとこ、見ちゃ駄目なんだよ。」

つばきは茶化す様に言った。ずっと小さい頃から一緒だったから兄妹みたいな感覚で、あんまり「そういうこと」に俺達は敏感じゃなかった。でももう高校生だ。俺がカンナを好きなことと同じ。つばきだって思春期だし、他人は他人だ。確かにデリカシーは無かったと思う。

だけど、それよりもあの絆創膏が意味ありげに見えて、俺はそれ意外考えられなくなってしまった。

「怪我なんてしようと思えばいくらでも出来るよ。」

つばきは笑って歩き出した。俺を追い抜いて、どんどん歩いていく。

「どういう意味だよ。」

つばきは答えない。氷で撫でられたみたいにゾッとした。
つばきが変わっていく。それはもう、疑惑ではなく、確信だ。つばきは絶対に何かを知っている。
つばきが歩き出す時、再び渡された紙をそっと見る。インクの様にこびりついている赤。
その成分が何か、本当に血だとしたら「何の」血液なのか、調べる術は俺には無い。
絆創膏の下の、つばきの血の色も分からない。

「とーか君。早くー!」

坂を登りきったつばきが俺を呼んでいる。歩き出した俺の足は鉛の様に重たかった。
これ以上何も知りたくなかった。耳の奥でずっと警報が鳴っているみたいだった。
つばきの笑顔が、声が、あの目が焼き付いて離れない。

坂を登り切っても、俺は立ち止まらないで今度はつばきを追い越して歩き続けた。
つばきは「ちょっと!」と言いながら怒っている。
その声から逃げる様に、俺はただ歩き続けて振り返らなかった。
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