純愛
休み時間のたびに、俺はカンナと会った。移動教室の時も、カンナが同じクラスの友達と一緒に行動しているのを見届けたし、放課後はもちろん一緒に帰宅した。
カンナを家の前まで送って、もし外に出るならすぐに俺を呼ぶように言って、別れた。

「とーか君。」

下校はつばきも一緒だった。
バス停からはカンナの家が一番近い。次につばきで、最後が俺の家。朝はカンナと俺がつばきの家の前まで行って、つばきを呼び出すことが多かった。
だからカンナにとっては無駄足なんだけど、小学生からずっとそうだったから、もう慣れたと言って笑っていた。

つばきに呼び止められて、先を歩いていた俺は立ち止まった。
ほとんどバス停の目の前のカンナの家。坂が二本連なっていて、ガードレール下には川が流れている。
バス停からは一本目の坂を下って、二本目を登る。渡り切ったら道路を挟んで向かい側に橋があって、川が繋がっている。河川敷の向こうは海に繋がっていてテトラポットがいくつも重なってそびえ立っていた。

二本目の坂道の途中。つばきは俺よりもう少しだけ下の方で呼び止めた。
坂を登りきって交差点を左に曲がると畑が続く道。もう少し行くと神社があって、その目の前につばきの家。それから一分くらいの所に俺の家。狭い狭い、田舎の町だ。顔見知りじゃない住人なんてほとんど居ない。こうしている今も、すれ違う大人にお帰りなさいって声を掛けられる。

「どうした?」

俺は振り向いてつばきを見た。ガードレール下の川で遊んでいる子供達の声が聞こえる。
交差点を曲がらないでそのまま真っ直ぐ歩いていけば防波堤があって、海だ。防波堤は船着場と海岸を左右に区切ってある。
小学生の頃はこの海でよく遊んでいた。俺もカンナもつばきも泳げないからほとんど砂浜で、だけど。

中学生になると、繁華街の方から出ている船に乗って行ける、「人が沢山集まってお洒落な」海水浴場に行く友達の方が多かった。
つばきが夏休みになったら行きたいと言っていた場所だ。
田舎の海岸と違って海の家も、シャワー室も、綺麗な砂浜もある。地元の海の砂浜だって同じなのに、「お金を払って行く海」は特別綺麗に見えた。

つばきは俺に向かって腕を伸ばしている。
手に何かを握っている。

「何?」

つばきが腕を伸ばしたまま動かないから、俺がつばきに近づいて、手を差し出した。
俺の手のひらの上に置かれたのは、何回もクシャクシャに丸められて、柔らかくなったあの紙切れ。折り畳まれていたけれど、何度も何度もクシャクシャにされて、表面が毛羽立っているように見えた。

「昨日、私が持って帰っちゃってたから。返しておこうと思って。」

「何で俺に?捨てれば良かったのに。」

「犯人、見つけるんでしょ?手掛かりになるんじゃない?だってこれ…」

そう言いながら、つばきはもう一度俺の手から折り畳まれた紙を取って開いた。
そして俺の前でひらひらと振って、もう一歩、顔が触れるくらいの距離に近寄って、言った。

「これ、血でしょ。」
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