シングルマザー・イン・NYC

「なんでも――キワ、今日はもう上がっていいよ。もう予約は入ってないし、急なお客様が来ても俺一人で対応するから。イツキはあと三泊しかしないんだろ? どうするか、すぐ考えた方がいい」

今度は真剣な口調。
私は思わずアドバイスを求めた。

「アレックスはどう思う?」

「ノーコメント。頑張って自分で考えろ」


――突き放されてしまった。

いつもより二時間早くサロンを出た私の足は、ほとんど無意識にメトロポリタン美術館に向かっていた。

しばらく来ていなかったな。

慧は美術館よりも博物館の方が好きなので、最近は、セントラルパークの反対側にある「自然史博物館」にばかり行っていたのだ。

メトロポリタン美術館のホールの奥に進み、自動発券機でチケットを出し、シールを胸に貼って、中央の階段を上る。

しばらく行くとゴッホの『アイリス』が飾ってある部屋だ。

すべてはここから始まった。

『アイリス』の前に立つと、篠田さんと出会ったあの日のことが、鮮やかに脳裏に蘇った。
< 165 / 251 >

この作品をシェア

pagetop