シングルマザー・イン・NYC
「私はカフェラテにする。篠田さんは?」

カウンターの前で聞くと篠田さんは、

「あれがいい」

と、店員の後ろの壁に貼ってあるメニューを指そうとして、顔を歪めた。

「……痛い?」

「ちょっとね。動かし方が悪かった」

「もう少し休んでから帰れば――ごめん、わがまま」

篠田さんは何も言わず、私たちは飲み物を受け取って、窓際の日当たりの良いテーブルに向かい合って座った。

店内を見回すと、ほとんど満席に近い。
英語だけではなく、色々な国の言葉が行き交っている。
泣いている人、笑っている人、黙って考え込んでいる様子の人――表情も様々だ。

コーヒーを一口飲むと、熱さがじんわりと胸に広がる。

婚約したとはいえ、離れるのは寂しいな。

そっとカップをテーブルに置くと、表面が小さく波打った。

「希和、そんな顔するな」

「え?」

目を上げると、篠田さんが困ったような表情で私を見ていた。

「俺も帰りたくなくなる」

そしてテーブル越しに身を乗り出し、私の唇を塞いだ。

「毎日会ってるのに、キスしかできてないし」

もう一度、口づけ。

「でも、一日でも早く仕事に戻らないといけないんだ。小沢さんはもちろん、たくさんの人に迷惑をかけてる」

「わかってる」

篠田さんは再び椅子に座ると、静かに言った。

「慧の冬休みに、東京に来れる?」
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