シングルマザー・イン・NYC
電話でシングルマザーになる決意を伝えた時、母は三十秒ほど黙っていた。
そして発した言葉は。

『……おめでとう』

全身から緊張が抜けた。
もしかしたら叱られるかもしれないと、身構えていたのだ。

「ありがとう。ごめんね、驚かせて」

私は大まかに事の次第を説明した。

プロポーズされて結婚するつもりだったけど事情が変わってできなくなった、別れてから妊娠を知ったのだ、と。

「出産はどこでするの? 日本に戻ってくる?」

「ううん、こっちで。仕事あまり休みたくないし。それにニューヨークの方が、無痛分娩が一般的だし、色々便利な感じなんだよね」

「……そう。予定日は?」

「10月末」

「私、そっちに行こうかしら」

「ええ? 無理でしょ、お母さん授業あるじゃない」

母は中学校の教員だ。
並みならぬ責任感でその職務を全うしてきたのを私は知っている。

「そうだけど……よその子供より自分の子供の方が大事よ。しかも希和が出産するなんて、一生に一度の一大事かもしれないでしょ」

笑ってしまった。
今までの母からは考えられない発言だったから。

「ありがとう。来るかどうかは、任せる。あと、もし来る場合だけど、私の部屋、アレックスっていうゲイの友達が一緒に住んでるから」

「えっ……あなたそんなふうに暮らしてたの?」

「うん。お店の同僚でとてもいい人だよ」

「そう。じゃあやっぱり、ご挨拶がてら行こうかしらねえ……」

「ねえ、希和」

しばし考えた後、母は改まった口調になった。
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