エリート脳外科医は政略妻に愛の証を刻み込む
できれば父とは無関係の職場でのびのびしたかった。

けれども、ここまでくるのに気力をかなり消費してしまったため逆らえない。

「わかりました」と承諾して、はたと気づく。

「お父さん、私は医療系の資格を持っていません」

医師、看護師、薬剤師、放射線技師、医療事務など、友里が思いつくのは資格のいる職種ばかりだ。

すると父が引き出しから、病棟事務業務ガイダンスと書かれた用紙を出して言う。

「病棟クラークだ。資格はいらない」

各病棟に配属される事務系の職業で、入退院手続きや伝票整理、各部署への連絡などが主な業務内容とのことである。

「できそうか?」と問われ、友里は「はい」と即答した。

不安より、期待が大きい。

籠の中で飼われていた小鳥が、これから大空に飛び立とうとしているように、ワクワクと胸を高鳴らせていた。

そこにコンコンとノックの音が。

「どうぞ」と父が応えたら、水色の手術着のような服の上に、白衣を羽織った青年が入ってきた。

友里に気づき、「出直した方がいいですか?」と問う声は低く艶やかだが、口調が淡白だ。

「いや、構わない」

父に許可され、彼が歩み寄る。

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