エリート脳外科医は政略妻に愛の証を刻み込む
「お母さんの人生は恵まれていて幸せだったわ。でもね、ひとつだけ後悔していることがあるの。結婚する前に、少しでいいから働きに出てみればよかった。たくさんの人と関わって、もっと色んな経験をしたかった……」

母はいつも優しく穏やかに笑っていたけれど、本当はそんな後悔を抱えていたのかと、友里は寂しく思った。

亡くなってから七年以上が経つけれど、折に触れて思い出すのは、母のその言葉である。

そして『あなたは後悔しないように』と言われているような気がするのだ。

友里は父親に従順に育ち、反抗したことはただの一度もない。

そんな自分が今、初めて父に意見したのだから、鼓動が跳ね上がり、嫌な汗が背中に滲んでいる。

父は友里を試すかのように、じっと見据えていた。

(怖い……でも、ここで目を逸らせば生半可な覚悟だと思われてしまう)

父の無言の圧に耐えること、一分ほどして、父がゆっくりと頷いた。

「いいだろう」

「ほ、本当……?」

予想外にあっさりと許してもらえて破顔しかけたが、「ただし」と条件をつけられる。

「この病院で働きなさい」

「あ……」

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