5時からヒロイン
慌ててスマホで顔を見る。やっちゃった日よりさらに酷い顔だ。表現が出来ない。

「ぎゃー!!」

ホームアローン並みに叫んでバスルームへ向かう。頭がガンガンしていたけど、すっかり消えていた。
アルコールも消えているだろうし、ゆっくりと湯船に使ってジャグジーのスイッチを入れる。

「ふふふ……」

ケンカのようでケンカじゃない言い合い。こうやって仲が深まっていくんだ。ケンカをしたら別れるかもしれないと、怖くて仕方がなかったけど、自分の気持ちを押しつぶしているほうがもっと怖いと分かった。
言っていい方向に行くなら、ちゃんと伝えればいいし、分かってもらえないなら、話し合って妥協点を見つければいいんだ。
それが出来なくなったときがきっと、別れるときなんだろうな。
弥生の言葉に惑わされちゃって、付き合っているときから別れを気にしていた私が悪い。
それで臆病になっていたことには間違いないんだから。
でも弥生は悪くなくて、傷つかないようにしてくれていただけだし、私の受け取り方次第だったのだ。

「沙耶? あまり長湯をするなよ」
「は~い」

さっぱりしてバスローブを着る。
リビングに行くと、ジュースを用意してくれていた。

「飲めるか?」
「うん」

ジュースはオレンジだけど、氷は入ってない。いじわるしてごめんなさいね。

「沙耶」

耳元で名前を呼んで、首筋にキスが走る。夢中で社長のキスを求めると、それに応えながら抱き上げられる。
ベッドに倒れこむように横になると、バスローブの紐がほどかれた。

「キレイだ」

何も身に付けていない私を、熱い視線で見る。
誰にも渡さない私の男。私がずっと虜にしてみせる。
社長の首に腕を回して引き寄せる。それからはもう私に夢中で、吐息と肌の触れ合う音だけが寝室に響く。
レースのカーテンだけが引かれた窓からは、月が見えた。

「俺に集中しろ」

自分だけを見ていないと気が済まない社長を、かわいいと思う。

「社長?」
「なんだ?」
「大好き」
「俺は愛してる」
「私も」

雨降って地固まるとはこのこと。遠慮をして空回りをしてしまった私たち。
反省するべきところはたくさんある。まず、並木さんの言うことを信じて社長を信じなかったこと。社長に直接聞いていれば、こんなにこじれなかったのに、どこかで社長との恋は一時のものだと思っていたから、聞くこともなく納得してしまったのだろう。
今回は私が悪かったかもしれない。

「ごめんなさい」
「どうした?」
「社長とは格差がありすぎて、いつか別れる時が来るっていつも思ってたの」
「聞き捨てならないな」
「だからお見合いの話を聞いた時も、許せないと思ったけど、とうとう来たかとも思ったの」
「……」
「今回のことは自分に自信がなくて、社長を信じきれなかった私が悪いのよ」
「そうじゃない。沙耶を不安にさせて、信じさせてやれなかった俺が悪いんだ」
「お互い様ってこと?」
「そうだな」
「よかった、打ち首獄門にしなくて」
「打ち首獄門? 何のことだ?」
「最近時代劇にはまっちゃってね。それだけ」
「ずいぶんと渋い物にはまったな」
「だって、好きな人も渋いもん」
「それは、ありがとう」

私はやっぱり秘書魂の塊みたい。とっさの言い訳がうますぎる。
優しく抱きしめ、私を見つめる社長に叫びたくなった。

「大好き大好き、とっても大好き~!!」
「やっぱり一風変わってるな……早まったか?」
「何か言いました?」
「いや、可愛いと言ったんだ」
「ちゃんと聞こえてましたよ。大丈夫ですよ、後悔させません。つまらないと言ったときは、ものまねでも歌でも唄いますから。飽きさせない自信だけはありますよ」
「楽しみだ」

今、私はトキメキし放題だ。社長秘書になってから毎日見ても見飽きなかった顔を、穴があくほど見ても何も言われない。トキメキし放題なんじゃなくて、見放題だ。そんな私を社長は呆れているけど、気にしない。
週末社長は私をむさぼってけだもの状態。もちろんそれは大歓迎だったけど、週明けの仕事に影響しないかだけ心配。
裏切者の弥生とマコからも連絡が来ていた。

「飲み代金を支払ってくれたのね」
「え? ああ、そんなことか」
「二人がごちそうさまと伝えてくれって。私からもごちそうさまでした」

全くやることがスマートなんだから。

「もう無茶な飲み方はしないでくれよ」
「はい、誓います」

あんなに二日酔いが辛いものだとは知らなかった。本当に辛かったから、もう二度と飲みすぎないと誓う。
週が開けて出勤すると、弥生から写真が送られてきた。

「やだ、スクープ写真って」

にやけが止まらない理由は、あの時のキスだ。すかさず写真を撮るなんて弥生もやるじゃない。
でもワインボトルを振り上げてる姿んて、おかしすぎる。今思うとどうしてあんなに執着していたのか不思議でしょうがない。
私を取り囲む試練はみんなお酒がらみ。もともと強くないんだからこの際、お酒は止めてしまおう。

「やれやれ、やっと離したか」

社長もボトルを捨てるときは、呆れていたっけ。
そうそう、たま子も元の定位置に戻って、五代家に財運をもたらすようにと見守っている。

「では、お先に失礼いたします」
「ん、お疲れ様」

職場では秘書と社長。
そして、

「じゃじゃじゃじゃーん」
「沙耶」

5時にあがって、5時に戻る。
私は5時まで秘書で、5時から社長の恋人だ。

「まだ?」
「まだ」
「もう……ん……」

文句を言う私の口を塞ぐ、ずるい社長。

「放っておくと何をしでかすか分からないからな、帰るか」
「はい!」

仕事中は影で支える秘書だけど、5時を過ぎたら私がヒロインだ。
「真弥さん」と呼ぶと、最高の恋人はスマートに、そして色気たっぷりに私を抱き寄せた。

                             END

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沙耶編はこれにて最終話になりますが、社長編を投稿しています。
完結ボタンを押してしまったあとに、続編を投稿していますので、どうぞよろしくお願いします。

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