蒼月の約束

「…ぇちゃん!お姉ちゃん!」

亜里沙に揺り起こされて目を覚ました。

汗をびっしょりかいていた。


「大丈夫?またうなされてたけど…」

体を起こし、額の汗をぬぐう。

「…夢か」

「やっぱり病院に行った方が…」

亜里沙が心配そうに顔を覗き込んだ。

「ご飯もあまり食べないし、やっぱり溺れた後遺症が…」

「大丈夫…」

朱音は弱々しく首を振った。

「お姉ちゃん、泣いてるの?」

そう言われて自分が泣いているのに気づいた。



こっちの世界で生きる。

エルフの世界はひと時の夢だった。


そう心の準備が出来ていると思ったのに、まだ受け入れられていない自分がいる。


気づいてしまった。

彼がいないこの現実を、直視出来ていない自分に。



もう二度と会えない相手なのに。

手の届かない存在なのに。

どうあがいても、彼に会えることはないのに。



自分が怖かった。

誰といても、彼を思い出してしまう自分が。

街中にいても、彼の声が聞こえてしまう自分が。


何度も思い出してしまう、彼と過ごした日々を。

忘れないといけないのに。

思い出したくないのに。

頭と心がバラバラになったように、
言うことを聞かない脳が何度も記憶を呼び起こそうとする。



「つらい…」

思わず声が漏れた。

震える膝を抱え込む。

「お姉ちゃん…」

亜里沙が優しく朱音の背中をさすった。

「ずっと苦しんでたんだね」

人のぬくもりを感じて、とうとう封じ込めていた感情が爆発した。



辛い。

苦しい。

寂しい。

声が聞きたい。




包み込むような優しい顔も、
時折見せるいたずらっ子のような笑顔も。

照れたように顔をそむける仕草も。

空気を変えてしまうくらいの王子の威厳も。

子供のように拗ねる姿も。


もう、二度と…
二度と見れない。



大丈夫だ、って言って欲しい。

あの鈴音のような声で。

抱きしめて欲しい。

いつもように強く。

飲み込まれそうなスカイブルーの瞳で

また私を見つめて欲しい。


会いたい。
会いたい。
会いたい。



だけど、もう全ては終わってしまった。

どんなに強く願っても、

どんなに強く想っても、

彼はもう私の生きる世界にはいないのだ。


もうどこにもいないのだ。



亜里沙が朱音を抱きしめた。

「大丈夫」

記憶は残っていないはずなのに、何かを感じ取っているかのようにしっかりした声で言った。

「お姉ちゃんは強いから、大丈夫」

朱音の嗚咽が漏れる。

「時間が解決してくれる」

亜里沙の力強い言葉に、久しぶりに小さな子供のように泣いてしまった。


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