蒼月の約束
目を覚ますと半泣き状態の亜里沙が顔を覗き込んでいた。
「お姉ちゃん!やっと気づいた!」
朱音はゆっくりと体を起こす。
「こんなに浅瀬なのに溺れてたからびっくりしたよ」
辺りを見渡した。
失踪したときと何ら時差がないことに気が付くのにしばらく時間がかかった。
「ありさ…」
目の前の亜里沙を引き寄せる。
「大丈夫?ケガは?」
困惑した亜里沙は朱音から離れた。
「何言ってるの、溺れたのはお姉ちゃんでしょ!」
「亜里沙、覚えてないの?」
きょとんした顔で亜里沙は答える。
「何を?」
一切の記憶がなくなっていた。
それはそれでよかったのかもしれない。
亜里沙は辛い思いをしていた。
女王の城で怖い思いもしていた。
全てきれいさっぱり忘れて欲しい。
あの辛い思いや怖い記憶を抱えるのは私一人で十分だ。
数日の夏休みがあっという間に終了し、朱音は亜里沙と共に東京に帰った。
エルフの世界に行く前となんら変わらない毎日がやって来た。
まるで長い長い夢を見ていたように。
以前のように仕事に追われる忙しい日々が続いた。
相変わらず、職場での雑用係の扱いは変わらない。
しかし、前よりは前向きに働けるようになった。
美しい生き物のエルフで耐性がついたせいか、イケメンと騒がれる社員を見ても緊張せず、堂々と話せるようになった。
気性の荒いドワーフや、鋭い鉤爪を持つ人魚の友達がいたからか、どんな人間に会っても臆することがなくなった。
ちゃんと笑えている自分がいる。
前に進んでいる自分がいる。
自分はもう大丈夫だ。
ずっとそう思ってた。